「意思の力・思いの力」5/19(土)
≪伊勢白山道≫ブログより抜粋

今朝に感じたのは、
日本人の「意志の力」「思う力」が
増大しているということです。

私はブログ記事を書いた後、
今では数万人〜の人間が読んだ翌日に、
日本の霊的磁場がどのように変化を
しているのかを今まで観察して来ました。

最近の全国を網羅して存在する読者の
意志による干渉力には、驚くべき影響力を感じています。
私が感じる日本の空気が、翌日には改善されています。
「生かして頂いて ありがとう御座位ます」という
現状への感謝想起が、「生きている」のです。


これが、このまま増大して行けば、
世間で出される地震予測などは、
全部を無効にして外してしまうことが出来ます。
大難を小難・無難へと出来るのです。

日本に起こる事には一切のムダが無いと、
神示は示します。
一厘まで意味が在ると出ます。


今回に起こってしまった原発事故も、
ここでワザと良い解釈を書いてみます。

1.もし、日本への侵略を考えている外国が
存在して「いた」とすれば、今は考えが変わったことでしょう。
むしろ避けたい・行きたくない国に変更されています。
侵略どころか、逆に手助けをしてあげたい国に日本が成っています。

2.貿易における大きな打撃があります。
これも大きな視点で解釈すれば、もう外国に物を売って
贅沢をする生活を日本人は止めましょう、という神意かも知れません。
経済の規模を縮小して国内だけで循環する、
国民を大切にする経済体系への変更を意味します。

嫌でも放射能で差別されますので、
安い外国の労働力を当てにする思考を止め、国内の雇用を
重視する経済体系にして、日本国内を「楽しい国」にすれば良いのです。
北欧に見られますような、「小さい経済」でも住人の幸福度が
世界一という超福祉国家に日本も成れば良いのです。
大きな経済の富を経験した日本は、それと引き換えに
人間の良心や国土の精霊を失う面がありました。
これを取り戻すのです。

このような進化を今から日本がして行ければ、
日本は絶対に大丈夫な強国に成ります。
まるで神による国を強いられた結果、
防災対策が強く、幸福度の高い国に成るのです。

今の被災者の忍耐と感謝の心を見ましても、
これが出来る国であり遺伝子なのです。
日本がこれを成し得た時、外国がより大きな天災を経験しても、
ノウハウ提供と援助が出来る感謝をされる国に日本が成ります。

今の放射能問題も、大気層の縮小により始まる、
宇宙から地球へ降りそそぐ放射能(ガンマ線など)への
事前の順応(東北の人ほど順応進化する)に成ると感じます。

生命の突然変異的な進化を経験する可能性のある世紀に来ています。
過去に経験しなかった宇宙と自然界の変化を、
これから人類は経験するでしょう。
今の日本が経験している事は、
すべてにおいてムダがありません。
今の経験を生かしましょう。

                             ≪転載修了≫

この内容を読む以前から、
まさに今回の3:11は日本を救うために起こった大きな神意であった、
ずっとそのように思っていました。


それ以前、日本の水源を求めて山々を買う外国資本が後を
断ちませんでした。それが放射能汚染の問題でピタッと止まったり
撤退したり・・・、ほんとうに神意としか思えません。


それと、なにより日本人の「意思の力」「思う力」が増大しているのは
その通りでしょう。


3:11以前は「伊勢白山道」ブログもまったく知りませんでしたし、
やはりあの後、問題意識が強まって、また「自分もいつこの世を去るかもしれない」
という生死の視点が強まって、死に対してある意味腹が括れたといっていいて゛す。


日々の感謝想起が大難を小難に、小難を無難へとできるとは、
どれだけ人間の「意思」や「思いの力」は凄いものなのか。


あらためて人間の想念の凄さを感じると共に、
「生かして頂いて ありがとう御座位ます」の感謝想起の凄さと素晴らしさを
あらためて感じました。凄いねえ・・・。


生かしていただいて ありがとう御座位ます。

17:22, Saturday, May 19, 2012 ¦ ¦ コメント(0)


「一瞬一瞬の選択」5/18(金)
日々これだけ入荷点数が多いと、
一日のサイクルの中で気を抜いたり、
ともすれば「ああ、手を抜いてしまいたい・・・」と、
フッと脳をよぎることもあります。


フッとよぎる・・・のですが、
すぐに「いかん、いかん、さあやるぞ!」と良心が
怠け心を蹴飛ばしていきます。


一日中、
こんなことの繰り返しです。
隙あらば、煩悩は怠惰や楽な方へ楽な方へと誘います。
その度に・・・「さて、やるぞ!」

一瞬一瞬が煩悩か良心か、
選択の連続です。


ただしんどくても良心の方を選択したら
後がとても気持ちいい。
やはり「やり切った」と自分のいのちがとても納得してるからでしょう。


≪おひさまありがとう≫ブログより転載

どちらを選択するか。
それはいつも常に私たちの前にあらわれます。
言うべきか、
黙っているべきか。
行動するべきか、
待つべきか。
主張するべきか、
折れるべきか。

どんな選択をしても
自分自身が考え抜いた答なら
それが正解です。

他人に責任を転嫁できない、
自分自身で尻を拭わなくては
いけない結論ならそれが正解です。

しかし、あとで他人のせいに
転嫁できてしまう隙があるになら
今回も貴重なチャンスを無駄にしました。
勿体無いことです。

どんな結論でも自分が悩み抜いて出した結論なら
それが後で失敗だったとわかっても
自分自身の貴重な学びとなります。

迷惑をかけた人には
潔く謝罪を送るしかありません。

どんな魂も、そうやって重さを増していきます。
他人のせいにできている間は、
貴重な短い時間をスリップさせてしまいます。


どんな結論であっても
自分で悩み尽くして出した結論なら
それが正解です。
たとえ後で失敗だったと判明しても。
ただし自我の損得に囚われないで
相手の立場に立った結論の方が
あとで後悔することは、ずっと少ないです。

これも自分で自分の責任をとる経験と
そこから取得する想像力によって
自ずとわかってくることです。

自分の人生の正解とは
そのように自分自身でわかってくるものです。


−−−−−−−−−−

[2012-05-14 14:48:24 | 伊勢白山道]

毎日NICTの太陽のデータを見て2年程になりますが、
この頃何か変わってきた気がします。27日周期のグラ
フですが、太陽のフレア(原因)と、太陽風強度やら太陽
風向き、地磁気の乱れ等(結果)の表れが以前と違うと
思うのです。
これは原因の方の太陽フレアの質が変わったのか、
地球のエネルギーの受け止め方が変わって反応の現
れが変わったのか???どうなのでしょうか??それにしても
変化は起きているような気がします。
エネルギー保存の法則からいったら、エネルギーはど
こかへ移動するか、形を変えて現れるしなないと思うの
です。
地球が太陽の放出したエネルギーを吸収して溜め込ん
でいるために、数値には表れがたくなっているのならば、
既にエネルギーは相当溜まっていますね。

。。。人間の霊体にも蓄電が始まっています。
順応する人、拒否反応の人、これから別れます。

−−−−−−−−−−

これまでは自分の良心に従うことに
抵抗があった人もいたかもしれません。
しかしこれからは、良心に従わない意思は
自分の身体を辛くさせることになるでしょう。

霊体に蓄積された太陽磁気と相克するからです。
これからは、自分の霊体と肉体を守るために
良心に従った方が楽だから、
良心に従った方が気持ちがいいから、
という理由で良心が発露していくでしょう。

人類はその過程を経てで良心が発露していくの
でしょう。
敏感な人はもう変化が始まっています。

自分の霊体を守るために
無意識に、自分の良心に反したことは
だんだんと行なわなくなっています。


「御心のままになりますように」

これから人々は、
これから太陽磁気が霊体に蓄積されることよって
自ずと発露せざるを得ない良心に
お任せして生きることになるでしょう。
逆にそれが進化のための必要条件となります。
進化の淘汰条件です。


「御心」とは「自分の良心」のことです。


今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます

                  ≪転載修了≫

以上の事は実体験でよ〜〜くわかります。


だからこそ気合を入れて「よし!!」と眠い目を
こすりながら、変化や進化の方を勇気を出して選択する。


ただ思います。こうやってコツコツ良心に沿った
選択をすることによって、良い思考の習慣って
身についていくのだと。


日本古来の「躾」ってまさにそういうことなのですね。


生かして頂いて ありがとう御座位ます。



21:31, Friday, May 18, 2012 ¦ ¦ コメント(0)


「報恩」5/17(木)
お念仏とは
目に見えない大きなはたらきに生かされていることへの
感謝であり報恩です。


報恩とは与えていただいている現状への感謝と
目に見えない、目に見えるにかかわらず多くのエネルギーに対して
恩に報いようと目の前に与えられたことを精一杯「させていただく」ことです。


「自分の変化ってそんな中で自然と起こってくることなんや」
今日の朝、部下たちにそんな話をしていました。


≪おひさまありがとう≫ブログより転載

どうして生きている人間が尊いかというと
理不尽な世界の中で一生懸命生きているからです。


どうして生きている人間の感謝の気持ちが
大地を鎮めることができるかというと
私たちがこの理不尽な世界の中でも
ひたむきに明るく乗り切ろうとしているからです。


辛い現実であっても
それを真正面から受け止めて
臨機応変に明るく乗り切ろうと
その心の働きが最も尊いからです。

浄土ではその尊さは生み出せません。
理不尽さが常に発生する現実界に
身を置くことによってのみ
その尊さが生み出されます。

私たちは毎日の生活の中で
報われないこともあるでしょう、
理解されないこともあるでしょう、
裏切られることもあるでしょう、
軽んじられることもあるでしょう。

それでも自分の人生から逃げることなく
精一杯の臨機応変さによって
明るく乗り越えようとしています。

それがこの宇宙で最も尊い価値となります。
私たちが毎日誠実に生きていることが
報恩そのものであるといえます。

私たちが日常生活で大変な困難さに直面していることは
仏様はじっと見ていますし、知っています。
それでも他所にすがったりすることなく、
自分の努力で乗り越える姿を見ています。
臨機応変さとは必死さと同じです。

そんな中でも私たちが明るく乗り切れることが
仏様を感動させます。
そんな中でも私たちが他者を思い遣れる決意が
仏様を感動させます。
そんな中でも私たちが自分の良心に従うことが
仏様を感動させます。

その宇宙の尊さを体現している
生きている人間だからこそ
大地に心からの感謝を捧げることによって
大地が鎮まるのです。

私たちが日常の理不尽さに折れることなく
臨機応変に(=必死に)
自分の良心を守ろうとする努力は
そのまま自分の内なる仏様に報恩されているのです。

そして私たちが大地に感謝を捧げる行為は
私たちが良心を守るために明るく乗り切った努力を
そのまま大地に報恩することに繋がります。

自分の内なる仏様への報恩の蓄積が
たくさんある人は最強であるがゆえです。
マニュアルの正解がない難しい状況を、
自分のなりに一生懸命生ききる努力。
そんな中でも他人を思い遣れる努力が、
自分の内なる仏様(=良心)への報恩となります。


私は今生では、できるだけたくさん
仏様への報恩を蓄積を挑戦したいと思いました。
そのためには、より理不尽さを体験する
環境に身を置くことになるかもしれません。
しかしそれがゆえ、仏様(=良心)への
報恩が発揮できるなら、それが良いです。


今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます

                 ≪転載修了≫

現実世界の理不尽さというよりも、
自分の思う通りにしたいという自分の傲慢さの根は深いと、
僕は受け取っています。


僕たちは、何度も何度も人や事象を通し、
この現実世界に生まれてきた自分の課題をつけつけられます。


それは一見嫌なことですが、思い込みの強い自分から、
素直に自分を反省して改善しようとしない自分から、
すぐに理屈をつけては自分の否から逃げようとする自分から、
「変化しろよ」脱皮しろよ」と
何度も何度も仏様からメッセージが至り届いてきます。


報恩とは、まさにその「嫌だ」と思っている人や事象の奥底にある
仏様の真意を受け取ることでもあります。
恩に報いるって、慈悲を感じるって、そ素直にそういうことだと、
実はそれが変化できる現実世界において何より有難いことだと思うのです。


この世を去ってからの変化のない世界では、
いくら気づいても、もはや遅いのだから。


生かして頂いて ありがとう御座位ます。





19:48, Thursday, May 17, 2012 ¦ ¦ コメント(0)


「強く優しく、優しく強く」5/16(水)
仏道を学び生きる人たちには
特に腹の中に入れて生きて欲しい内容です。


≪おひさまありがとう≫ブログ

会津藩の什の掟です。
什とは師弟を教育する組織です。

−−−−−−−−−−
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです
−−−−−−−−−−

世の中にはならぬものが幾つもあります。
子供のように魂が柔らかいうちに
ならぬものを肌で覚える事は良いことです。
子供にとって良いことです。


それを肌で覚えることは
彼はこれからの将来起こるであろう
人生の逆境を乗り越える力となります。


逆に大人になるまで、ならぬものを
教わらなかった若者は気の毒です。
自我が形成されたあとで、
始めて社会にはならぬものがあると
体験することはショックが大きいことでありましょう。


親が子供に与えられる最大の財産は「生き残る力」です。
どんな逆境にあっても逃げ出したりせず
明るく乗り越える力が「最大の財産」です。


霊的に見ても、子供の魂の目的はそれです。
どれだけの逆境の中で、
どれだけ明るく乗り越えられるかが、
魂が自分に課した目的です。


ですから親が子供にしてあげられる最大の保護とは
逆境を乗り越えるタフネスを育てることです。
逆境に合わないように隔離することではありません。
それは成人してから子供が苦労します。


当然子供が潰れてしまうような逆境は厳禁です。
それは虐待です。
しかし子供が自分の生活の中で出会う大変さは
多くは子供の成長にとって必要なことです。


私は社会に出てたくさんの経験をしました。
大企業のサラリーマンであっても
中小企業の経営であっても
社会は理不尽で満ちています。


この理不尽さを明るく乗り切れるかどうかが
自分が自分に課した今生のハードルです。
三歳の姪っ子に対するのと同じように
臨機応変に明るく対応できるか。です。


この子供たちもしばらくしたら社会に出ます。
その時に社会の理不尽さに遭遇することでしょう。
しかし子供が子供なりに、
臨機応変に乗り越える体験を積み重ねていれば
大人の社会の理不尽さにも
自分で明るく乗り越えることができるでしょう。
その忍耐と明るさが子供を守ります。


ですから子供に対しては
社会の理不尽さから隔離するのではなく、
子供が乗り越えられる範囲で
自力で解決させる体験が子供の宝になります。
私たちも同じです。
目の前の理不尽さの意味は何でしょう。
目の前の逆境の意味は何でしょう。
それは自分の生命力を試すハードルです。


臨機応変に明るく乗り越えるハードルです。
マニュアルの正解はありませんから
自分が悩みに悩んで、解決しようと立ち向かいます。
それが人生を、創り出しているということです。
その視点で自分に起こることは
感謝できることばかりであります。


それに気づくことが明るく乗り越える秘訣です。
そして子供に対してもそうです。
今子供が直面している理不尽さも
子供が将来苦労しないための練習体験です。
子供は親の言うとおりには育ちません。
子供は親のやるように育ちます。


子供は親の後姿を見て育ちます。
親である私たちが、
自分の人生の理不尽さから逃げすのではなく、
臨機応変に明るく乗り越える人生に挑戦しているのなら
子供は空気でそのことを学びます。
人生の立ち向かい方を親の後姿から無言で学びます。


今日も気づかせて頂いてありがとうございます。
生かして頂いてありがとう御座位ます

                      ≪転載修了≫

親が子供に伝えていくことはただ一つ。
一人で生きていける強い人間に育つこと。
それも良心と共に生きれる強さをもつということ。


これは親と子のみならず、
あらゆる環境においての先輩や後輩、
上司や部下にしてもそうです。


それは、
強く優しく男の子、優しく強く男の子。


生かして頂いて ありがとう御座位ます。

19:18, Wednesday, May 16, 2012 ¦ ¦ コメント(0)


「継続」5/15(火)
以前テレビを見ていて、
和田アキ子がこんなことを言ってました。


「私はどんなに酔っぱらって帰ってきても
 日記だけは必ず毎日書くことにしてる。 
 たった一言だけでもええねん、
 なんでも続けることやねん。 
 何かを続けることができる人間は信頼できんねん。
 それはその人が自分(良心)との約束を守ってるからや。
 やっぱりええこと言うても続かん奴はあかん。
 自分との約束を守れんからや。
 自分との約束守れん奴は人との約束も守れん。
 そんなもんやねん。
 だから日記だけは続けてんねん。」

 「なるほどなあ・・・」

それから僕はできるだけ「ボスのそらごと」や
ブログを続けることを決めました。


≪伊勢白山道≫より転載

「それは偽善の感謝だ」などと屁理屈を思う人がいます。
しかし、それも「継続」して思うことが出来れば、
その人は真実の感謝の気持ちを発しています。


ほんとうに偽善の感謝ならば、継続が出来ないのです。
つまり、すべての真実は、「継続」が証明をする一理が存在します。


ブログの継続にしても言えることがあります。
私が継続出来るのは、良心からの発露を表現したいからです。

べつに苦労することなく、湧き水のように毎日「思い」が出て来ます。
これは、良心からの発露が本当に無ければ、
毎日の記事更新やコメント対応は、
非常に難しいことだと思います。


だから皆さんも、今の自分が何を毎日に
「継続」しているのかを見れば、
自分を正しく静観することが出来ます。


人間は、
自分の心に閻魔大王も内在することを忘れては生けません。

優しい阿弥陀様も内在しますが、
十一面観世音菩薩のように11通りの仏性が人類に内在しています。


他人をダマせても、自分の心(良心)は常にすべてを公平に視ています。
神仏の視点では、自分も他人もすべてが同じ神仏の子供なのです。


すべては、自分の良心が最後に審判を下します。

  
                               ≪転載修了≫


最近はあまりスタッフたちに「ブログ書いたか?毎日書かないと
意味ないぞ!」そんなことも、あまり言わなくなりました。


この現実世界はどうあがいてもすべては自己責任の原則なので、
やはり最後は個々人の日々の選択に任せるしかないのですから。


ただ和田アキ子の言っていた
「継続することは自分の良心との約束を守ること。
 自分との約束を守れない人は他の人との約束も守れない」
というのは真理だと思いました。


何でもいい。
コツコツと継続していく、
自分との約束を守っていったらいいです。
続けることによって、心の中の芯が太く強くなっていくように思います。


続けることかあ・・・
考えてみると確かにそこには自分のことだけではなく、
やはり感謝の気持ちや他者を思いやる優しさの気持の世界があります。

20120515203413068_0002「小島小鳥写真集』未来ちゃんより

生かして頂いて ありがとう御座位ます。

20:02, Tuesday, May 15, 2012 ¦ ¦ コメント(0)


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