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2011年10月

vol. 3218
「礼儀正しさ」  (2011/10/31 [Mon])
礼儀正しい姿は気持ちよく安心と信頼を生みますが、
逆に礼儀をわきまえない人に対しては、いくら社会的な立場があっても、
実にだらしない印象を受けます。


礼儀正し手振る舞いは、
誠実さや育ちの良さを感じさせます。


礼儀正しくする努力が、
その人自身の心を引き締め育てます。


礼儀正しさは人の心を和ませる効果があります。


組織は、整理、整頓、清掃、清潔、躾の5Sを大切にし、
この中でも礼儀作法を教える「躾」は一番大切にされています。
なぜならば「躾」が不十分であれば、残りの4Sがすべて乱れる
ことになるからです。


このように礼儀を守ることは様々な効果がありますが、
礼儀を正すことにお金も労力もいりません。


また親しければ親しいほど相手のいのちを敬い思いやる
爽やかな人権感覚の礼儀正しさは必要です。


家族にしても、職場にしても、ご近所つきあいにしても、
礼儀正しさを意識することによって気持ちよい付き合いができていきます。


礼儀正しを忘れずに。

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生かして頂いて ありがとう御座位ます。

vol. 3217
「因果応報」  (2011/10/30 [Sun])
「因果応報」とは、
善行を施せば感謝などの善行が返り、
悪行に対しては、悪い報いがあるということです。


ということは、なぜ悪くなったり善くなったりするのか、
その原因を分析し、自分自身を言動や思考を改善することが
人生をよりよく生きやすくするコツですよ、という教訓です。


もっと「因果応報」の本質を分かりやすく言えば、
出生地とか両親とか兄弟とか男とか女とかという宿命は
努力出は変えられないけど、運命は努力次第で変えられる
ことができるということです。


失敗を成功に転じさせる人生にするためには、
常に自己分析を怠らないこと。
「どうしてうまくいかないのか?」を考え、
浮かび上がったことをクリアするための努力をする。
その素直でまっすぐな気持ちと行動こそが、
よい結果を招きますよ、ということです。

生かして頂いてありがとう御座位ます。

vol. 3216
「切磋琢磨」  (2011/10/29 [Sat])
人間の心はダイヤモンドのようなもので、
傷ついたり、喜んだり、悲しんだり、苦しんだりと、
気持が動いていく「感動」によって磨かれていきます。


この世は「光」と「闇」のコントラストで成り立っているわけで、
「闇」を知らない人に太陽の温かさ、光の気持ちよさはわからない。
自分が苦労したからこそ、人の大変さがわかります。
自分が悲しく辛い思いをしたからこそ、人の痛みもわかるわけですよ。


人は人生の中で「怒り」「哀しみ」「悔しさ」など、
さまざまなネガティブな感情を体験していきます。
でも、苦悩しながらも、時間とともにネガティブを克服することで、
「喜び」「感謝」「自信」などのポジティブな感情を覚えて
成長していくのです。


また、仕事においてのストレスを抱えている人は大勢います。
ただその会社や職場に勤めることになったのも、
一緒に働く人との出会いも偶然というものは何一つありません。


そこにはその人の人生の課題が潜んでいます。
それは「忍耐力を養う」かもしれないし「人の気持ちを察する愛情力をもつ」
ということかもしれないし「謙虚さを学ぶ」ことかもしれない。


いずれにしても給料をもらいながら、
職場という人生大学で人間関係による
人生経験をさせてもらっているわけです。
そんなことが少しでもわかれば、
相手のことばかりを責めるのではなく、
今世、クリアしていく課題ということが分かってくるでしょう。


つまり、人間関係全般に言えることですが、
他者と向き合うことで自分を知り、自分の価値観や観念が変わることによって
人間関係が変わるのだということを学ぶ、
それはすべての人に与えられた課題だといえます。


とにかく人間は誰でも未熟なのです。
未熟なもの同士がぶつかり合い、学びあうことによって
傲慢さと無知さに気づき、この心は成長していくのです。
ですから、嫌なこともありますが、様々な体験を通して、
謙虚な心で「なるほどなあ・・」と素直に学んでいきましょう。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3215
「類は友を呼ぶ」  (2011/10/28 [Fri])
「類は友を呼ぶ」という諺がありますが、
このことを「波長の法則」とも呼びます。


人間の心の動きは想念となってある
一定の周波数を生み出しているのですが、
その周波数が波動となって周囲の人に伝わり、
影響を与えます。


自分の波長が繊細でプラスであれば、
人間性の良い人を呼びよせることができます。
逆に「自分の周りにはロクな人がいない」と思っている人は、
自分の波長も粗くて低いマイナスなわけです。
つまり周囲にいる人たちは、自分の波長のバロメーターです。


そういうと、「自分は良い人とも、悪い人とも知り合う」と思う
人もいるでしょう。それは人は多面体のところがあって、
100%の善人もいないし、100%悪人もいません。


つまり、自分の長所は良い波長の良い人、
自分をリードしてくれるような意識の高い人を呼び、
短所は悪い波長の悪い人、
自分の学びになるような意地の悪い人を呼ぶと考えればいいです。


良い波長だけが必要なのではなく、
良い波長も悪い波長も持ち合わせることで、
人間はバランスを取っているのです。


良い波長に恵まれていると感じることは、
素晴らしいことです。
人はポジティブな波長に包まれていると、
心に安心や豊かさや潤いを感じます。
しかし、波長は刻々と変化していますので、
良い波長を保つためには日々心のクリーニングと、
感謝想念の努力が必要です。


まず言葉遣いに注意しましょう。乱暴な言葉は波長を下げます。
また相手の気持ちを考えずに発した言葉は、波長の高い人を
遠ざけてしまいます。
愚痴や不平不満や悪口、自己保身や利己的な態度も、
相手に悪い想念を与えてしまうので慎みましょう。


次に、嫉妬や独占欲、猜疑心や被害妄想といった
ネガティブな思いは「百害あって一利なし」なので、
「生かして頂いて ありがとう御座位ます」の感謝想念で、
そういったネガティブな思いはすぐに立ち切りましょう。


そして最後に思いを形にすること。
人を喜ばせたいと漠然と思うだけでなく、
喜ばせるためにはどうしたらいいのか具体的にイメージして考え、
実行に移すように心がけることです。


良い波長や悪い波長の現実や事象や人や
ご縁を呼び寄せるのも自分次第なんです。
これは人も組織もまったく一緒。


特に組織の場合はそこのトップの波長が大きいですし、
日々の事象はスタッフたちの波長が良いも悪いも
現実を引き寄せていきますから、
まずは責任転換せず、自己責任、責任主体の気持ちを
しっかり持って、強く明るく生きていくことです。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3214
「自分を守ろうとするな」  (2011/10/27 [Thu])
目の前の仕事を任されるとは、
結果にすべての責任を持つというプロの生き方を目指すということです。


衰退していく組織にはある共通点があります。
リーダーが保身で言動しているということです。


組織のトップであり総責任者であるリーダーが、
自らの保身第一でリーダーシップを取っていたら、
誰がそのリーダーや組織を信じられるでしょうか?
これはリーダーに限らず、その部署の担当が保身であったら
仕事の中身の程度は実にレベルの低いものとなります。


保身を捨て、
その組織のためにすべてをかけられる人こそ、
組織のリーダーになる資格があります。
幕末から明治維新にかけて活躍したリーダーたちはみな、
国のために命を捨てる覚悟でリーダーシップをとりました。
またあのマザーテレサは神の愛をこの世に現すために、
先頭切ってリーダーとして自分を捨てた奉仕の人生を歩みました。


混沌としたこの世の中の中で、
今、組織に必要なのは、
自分を捨てて組織の為に尽くせるリーダーでありスタッフたちです。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3213
「礼儀と節度、礼節」  (2011/10/26 [Wed])
日本には昔から「礼儀」と「節度」を重んじた
「礼節」という言葉があります。


「礼儀」はお互いの命を敬いあう「爽やかな人権感覚」です。
そして「節度」とは、行き過ぎないバランス感覚、仏教でい
う「中道の感覚」です。


そしてこの「節度」とは、
自分の自我や感情を抑止することでもあります。


油断したり、流されていくと
どこまでも暴走していくのが、この自我と感情です。


常に自分の心の中に仏様から預かっている
良心、仏の心を意識しましょう。


そしてこの仏の心に沿った判断をしていくように
努力していきましょう。
心が暴走しそうになったとき、
「この心の状態で自分も相手も周りも幸せになれるだろうか?」
と問い聞いていきましょう。


こういうことを意識して生きている姿勢を
「節度」ある態度と言います。


「礼節」、
人間として生きる上で
また人とよりよく接するためにも、
決して忘れてはならない心がまえですね。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3212
「組織の基盤は家庭にある」  (2011/10/25 [Tue])
人間は生まれてきた一番最初に、
まず家庭の中で組織というもの、小社会というものを学びます。


かつての日本では、ほとんどの家庭が大家族だったので、
一人一人の立場や役割分担が明確になっていて
組織として成り立っていました。


が、今では核家族が主流ですから、
子どもは一人か二人で役割分担などなく、
甘やかされていて、組織といえるものでは
無くなってきているのが現状でしょう。


しかし、夫婦で働いている場合や、
二世代同居など、
家庭によって形は違ってくるのでしょうが、
やはり家庭はルールによって成り立つ、
大事な社会教育の現場なのです。


つまり子供はそれぞれの家庭にあって、
社会での様々な決まり、他人との接し方、
人間との関わり方や組織のルールやマナーの
基本を学ぶことになります。


また、子供は親の鏡と言いますが、
家庭でこの組織のルールやマナーの基本を学んでないと、
外に出て他人に対してマナーのない行動を取ったり、
夫婦等の家族関係がゴタゴタしていたりすると、
自己肯定感の低い子供が育ち、
社会的問題行動を起こしたりします。


反対に、
子どもの心を尊重しながらも、
自分のやるべきことを明確にし、
自覚させていくことで、家族という一員として、
自分の行動に責任を持つようになります。


やはり子供にどのような大人になってほしいのか、
親は常に子供の将来像を思い描きながら、
伝えるべきことはきちんと伝え、
必ず仏様に手を合わせ仏様と
ご先祖様に感謝する習慣を身につけるなどの
しっかりした家庭教育をしていくべきだと思います。


どんなに社会的に高い評価を受けている人でも、
組織の基本である「家庭」で、一メンバーとしての役割を
果たせない場合、その人はなかなか信用できません。


一時が万事で、
家庭という小組織でできていない人は、
社会での組織では素晴らしいということはありえないのです。
人間の生き方ですので、
一ついい加減であれば、
すべていい加減になってしまうのです。


ですから、
その人が組織の中で
しっかりやれるかどうかを判断するには、
その人が家庭のメンバーとして責任を果たし
ているかどうかを見れば一目瞭然なのです。


ですから、まず家庭という小組織の中身を
大切にしていきましょう。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3211
「心の中にいる仏様」  (2011/10/24 [Mon])
心の中には僕たちを幸せに導いてくれる仏様(良心)がいらっしゃいます。


人間は、自分の心の中に仏様がいらっしゃることに気づき、
この仏様がとても喜んでいただけけるまで、
生まれ変わりを繰り返し、
喜怒哀楽や様々な経験や感動を体験してきました。


人生にはいろんなことがありますが、
自分の心の中にいる仏様へと自分の気持ちを向けることが大切であり、
この仏様と共に頑張って人生を生きていくことが、
人がこの世に生まれてくる目的です。


生きていれば、
悩みも不満も出てきたりします。
でも、
その中で自分の中の仏様を見つめるのです。


じゃあどうしたら見つめられるかというと、
何があっても「生かして頂いて ありがとう御在位ます」と
自分の心の中の仏様に感謝しながら物事を見つめれば大丈夫です。


人に対しても、その人の心の仏様にむかって、
「生かして頂いて ありがとう御在位ます」と思いながら接してみて下さい。
その人は不思議とあなたに好感を持ってくれます。


仏様の心とは僕たちを生かしてくださっているこの大きな宇宙の
はたらきそのものであるのですが、その心と同じものが僕たちの
心の中に宿っています。まさに仏様が自分の心の中にいらっしゃるのです。


そのことを意識して生活していくと、
不思議と「愛と感謝」の言葉や行動が増えていることに気づかされます。



生かして頂いて ありがとう御座います。

vol. 3210
心を高みに上げていく  (2011/10/23 [Sun])
いろんなことを考えずに感じたらイメージして即動く。
悩んだり迷ったりせず、まずイメージして動く。


このことは常に僕が周りの人達に言い続けてたきたことです。


感即動こそまさに行動の原理だからです。


ただこの感即動は何度も何度も努力して身につけないと、
すぐに動きが止まってもとにもどってしまいます。


クイックレスポンス、
感じたらそま行動。
スピードサービス、スピード対応、スピード問題解決、
スピード報告連絡相談確認、
このスピードは自他ともに安心と喜びを与えていきます。


スピードはまさに「愛」なのです。


≪伊勢白山道ブログより抜粋転載≫

要点1. 
この世の次元では、
まずキッカケ(行動)が大切だということです。

案ずるよりも産むがやすしです。

「悩む前に、動け!」なんてカッコ良いことを
本当は言いたいのですが、
やはりシミュレーション(想像=創造)はしてね。

この世では、ただ悩んでいては漏電するばかりで
進まないのです。

「行為」が優先する次元だからです。

試験で悩むならば、
今、勉強を「始めるしかない」のです。
悩んでいる時間がムダです。
仕事で悩めば、今は目の前の仕事に、
より没入するしかないのです。
求職で悩めば、今、探しに行くしかないのです。
病気が心配ならば、心配して漏電する前に、
まず医師の診察を受けることです。

とにかく動けば、
色んなキッカケが生じる縁と成るのです。
見えない先祖に対して、届くかどうかも分からない中で、
忙しい生活の中で、見たいテレビも見ずに、
「それでも」見えない先祖や縁ある故人のために
線香を置く「行為」が出来るとは、
それは既に思いが「届いている」証拠なのです。

この世の次元で出来た行為とは、
とても貴重でスゴイことなのです。


要点2. 
盆踊りの起源は、
太陽神が暗やみの穴(「月」による皆既日食)に隠れた時に、
踊りと笑い声で太陽を呼び戻した「天の岩戸」神話にも
関係するのを感じます。

夜の月の監視の下で、楽しく踊ることで、
先祖や故人を楽しませるのです。

生きる私たちは、
遺伝子(家系の霊線)により先祖と接続された状態
(生きていること)で、先祖や縁ある故人と「共に生きている」のが
今の次元の真相なのです。

私たちが笑えば、接続される先祖も笑っています。
この逆もしかりです。衣食住すべて共に体感しています。
私たちの行為が、先祖を左右させています。 
イヤですか?
(アンナコト、ソンナコト、・・・それも大切なことなのです)


要点3. 
死ねば、心が成長する、
変わるなどと思ってはダメです。

今の自分の心と同じです。

この世で自由に出来た
行動・行為が制限され、
受け身の状態にも成ります。

死んでから悟るなどは有り得ません。

この雑多な不安定な世の中ででも、
その中でたどり着いた心境を頂点として、
あの世に持参するのです。

このブログのような話を読める人は、すでに大丈夫です。
自分が興味を持つとは、すごく意味のある「行為」なのです。
すでに心が、高みに上がろうとしている証拠です。

                          ≪転載修了≫


すべては因縁果という因果の道理通りに
物事は動いてます。
だからこの世で起こることは「自分にはまったく関係ない」
「自分は悪くない」と思っても必ずその自らの原因があって
結果として目の前に現れてきます。
タイムラグがあるからそこのところがなかなか分からないのです。


今、この世を去ったとしたら、今の心の世界へ還るだけです。
あの世は固定化されていて、何の変化も進化もない世界ですが、
この世は常に流動しているので自分自身を変化進化できます。


このような真実、真理を生きているうちに知っておくことってとても
大切ですし、この世もあの世もすべて自己責任の原則通りと
わかっていれば、自身の生き方がまったく違ってしまいます。


そして、まさにこの世に生まれることができるということがどれだけの
喜びなのでしょうか。
この世でしか変化進化はできないわけです。
このチャンスをぜひものにしましょう。
そして日々心を高みに上げていきましょう。

生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3209
影の人を大切にしよう  (2011/10/22 [Sat])
お蔭様という言葉がありますが、
今こうやって仕事をさせていただいたり生かしていただいいてるのは、
いろんな人のお蔭であるということです。


その人が、ここまで来れたのも、教育や支援わしてくれた
ご両親のお蔭があったからです。


ですから僕は個人的には「誕生日」、
そして組織的にも「父の日」「母の日」にはスタッフのご両親に必ず心ばかりの
プレゼントを贈ることにしています。


また全スタッフたちは、
毎日自分の究極の陰の人であるご先祖の皆様へ
お仏壇の前で心から「生かして頂いて ありがとう御在位ます」の
感謝の心を捧げています。


人間は一人では何もできません。
組織において多くの陰の人の力と応援が必要です。
だからこそ、いつも応援してくれる陰の人を大事にすることはとても大切だと考えます。


また、一番大事にされにくい存在の陰の人を大事にするということは、
組織の全員を大切にしているのと同じ意味がありますし、
スタッフたちは誰もが喜びご両親に改めて感謝の意識を持つようになってくれます。


大事なことは、組織運営のために陰の人を大切にするのではなく、
本当にその人たちのお蔭で組織が成り立っていることを再認識し、
「いつもお世話になってありがとう御在位ます」と、
感謝の心を態度で示していくことだと思うのです。


自分たちを支えてくれる、陰の人を大切にする、
理屈抜きで気持ちいいことをさせてもらう、
これも「爽やかな人権感覚」だと思っています。


生かして頂いて ありがと御在位ます。


vol. 3208
職場は人間大学  (2011/10/21 [Fri])
人間として生活している以上、何らかの組織に関わっています。
最小単位は家族であり、会社や保育園や学校も組織です。


人間が一番人間として成長できる方法は、
組織に属し組織、言い換えると組織に属してい人達のために
努力して貢献することです。


なぜなら、そのためには、苦手なことや嫌なこともやって
人間的にバランスが取れて成長できるからです。


人間が人間として成長できるのは、
その人のいのちが他の人と切磋琢磨したり
様々な体験を通して磨かれるからです。


ですから、人間らしさは、
組織のために誠心誠意動いていれば自然と
身についていくものなのです。


職場は人生大学のようなものです。


人間は他の人と深く関わりあうことで、
様々なことを学びます。
特に、生活や仕事をしていくうえで、最も大切なことは、
円滑なコミニュケーション方法です。


人間は組織の中で、真剣に誠実に人や仕事や様々な出来事に関わるからこそ、
人間的にも磨かれて成長できているのです。
そしてよりよく成長していくためには、
頼まれごとは素直に「やらせていただきます」と笑顔で引き受けること。
そのことによって人間としての器や能力を少しでも高め、
人に喜んでもらえます。


生かして頂いて ありがとう御座位ます。

vol. 3207
当り前なことこそ重要  (2011/10/20 [Thu])
当たり前のことの中にこそ真理があります。
しかし、人間は傲慢と無知なので、この当たり前のことを忘れてしまって
小手先のことばかりを追い求める傾向があります。


例えば、企業や商店が発展するためには、
「良い製品や商品を、より適正な価格で、より心を込めたサービスで提供する」
ことに最大限努力精進と創意工夫を行うことが必要になります。
これらのことを怠ると企業や焦点は確実に衰退します。


僕はお寺の住職であり保育園の理事長兼園長でもあるので、
「お寺はより心を込めて法の布施のを行う。
保育園はより心を込めて一人ひとりの子供や保護者に仏教保育を実施する。」


これはまさしく当たり前のことです。この当たり前のことをマンネリになったり、
進歩の心を失って怠惰や横着になって怠っていくと、
へんてこりんなことになって諸問題が起こっていくのは当たり前のことです。


また、この当たり前のことと同時に、
人間は人生に失敗しないためにわかりきったことがあります。


例えば、怠惰で精進努力しない生き方をしていれば将来確実に悲惨な苦しい人生が、
一生懸命努力していれば成長し成幸した人生が待っています。
また人の悪口を言うとその人から嫌われ、褒めたり認めたりすると
その相手から好意を持たれます。
また人に笑顔で挨拶し、礼儀正しくすると好感が持たれますが、
礼失い、礼儀正しくないと嫌われます。


これらのことは、誰でも知ってる当たり前のことばかりです。


組織にしても、人の人生にしても、
この当たり前のことを着実に努力実行するかどうかで、
結果が大きく変わってしまいます。


このような当たり前のことを実行せずに不幸な結果がでても、
それははじめから確実に予測できたことであって、
自分が招いた不幸なのです。


組織が繁栄し、人が成幸になるためには決して難しいことではありません。
当たり前のことを当たり前にコツコツ実行することが成幸のための基本ルール
であるということを肝に銘じておくことです。


また、当たり前でないことが起こってきたら、
最悪の状況をイメージして、次はその最悪のイメージを回避するために
今自分がやっておかなければならない項目を具体的に書き出して整理し、
一つ一つ解決できることからスピード解決して問題をつぶしていくこと。


また上司や家長とマメに報告・連絡・相談・確認を取り、
指示命令を受けて敏速な対応をすること。


それが適切な対応であって、その問題から目を背けたり、
漠然と置き去りにしていてはいけません。
必ずツケを払う時期はくるからです。


とにかく人間のクセである傲慢と無知をより自覚して、
謙虚に謙虚に努力していきましょう。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3206
可愛げな人  (2011/10/19 [Wed])
人生って、人に好かれているのか嫌われているのか、
良い縁があるのかないのかによって、大きく変わってしまいます。


人間の他人に対する対応は、良い悪いという観念を超えて、
好きか嫌いかで大きく変わってしまいます。


好感が持てる人に対しては自然にその人の良いところに目が向き、
嫌いな人に対してはその人の悪いところに目が向きます。


その結果、好意を抱く人には積極的に応援し、
嫌いな人には足を引っ張ることになります。
これは対人関係のルールとしてしっかりと理解してやくことが大事です。


では実際に人に好かれるとはどういうことなのでしょうか?


人柄の良い人に見せよとしたり、優秀な人間に見せようとしたりしますが、
これはまったまく違います。


人に好かれるためには、相手に警戒されないような人であることです。


そして警戒されないためには、自己主張が少なく、少し抜けたところがあり、
愛嬌がある人になることです。


つまり構えがなくて
無邪気で頼みごとを引き受けやすい人になること、
これらの条件を満たした人が、可愛げのある人のことです。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3205
人間力を高めよう  (2011/10/18 [Tue])
人間力を高めましょうというお話です。

人間力とは何かというと、その人の実力のことです。

その人間力は、次の公式で表されます。

≪人間力=意欲×能力×人間性≫

人間力を高めるためには、まず意欲、つまり「やる気」があることが何よりも重要です。
どんな人生を選んでも、「やる気」がないと成果はでません。

この「やる気」とは自分がイメージする理想像がある。こうしたいという強い願いがある。
目の前のことをさらに向上進化させて世の為人の為に役に立ちたいと思っている。
こういった「希望」「夢」「理想」「願望」「成長意欲」「社会貢献意欲」から生まれてきます。

次には「能力」が必要となります。

「能力」の差は意欲の差ほど大きくありません。
意欲があればコツコツ継続して努力していくので「能力」の差はほとんど解消できます。
ただ人間には向き不向きがあるということもここでは認識しておかないといけません。

最後は、人間性です。

この人間性とは、一言でいえば「誠実さ」です。

意欲と能力はアクティブな力ですが、
人間性はパッシブな力のことです。

どんなに意欲と能力があっても、
「誠実さ」がなければ周りの仲間たちからも、上司からも、社会からも
受け入れてもらえません。

また「誠実さ」がない人は
「こだわり」「とらわれ」「かたより」のクセが強いので

技術もサービスも必ず問題を起こしていきます。
また最悪なのは個人主義なのて゛周りと連携を取ろうとしません。

このようにある側面から言えば
誠実さは人間力の中心的な要素だといえます。

まずあなたは誠実であれ、です。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3204
「中道、バランス感覚」  (2011/10/17 [Mon])
「中道、バランス感覚」10/17(月)

人間って様々な感情を体験しながらも、
その中から「自分も喜び相手も喜ぶ」「自分も安心し相手も安心する」
「自分も愉しくなり相手も愉しくなる」愛を選び取れるために生まれてきました。


だけど人間っていろんなことにとらわれて、相手にいろんなことを「求めたり」、
つまらないことを「考えてみたり」、ちょっとしたことで「怒ってみたり」します。


それでね、今日は仏教の「中道」というお話です。
「中道」とは「ちょうどいいバランス感覚」のことを言います。


たとえば、「相手に求めてもいいけど、求めることしにとらわれすぎない」
「つまらないことを考えてもいいけど、考えることにとしらわれすぎない」
「怒ってもいいけど、怒ることにとらわれすぎない」
この中道のスタンスが何より大事なことだと思います。


そう、何かに「とらわれ」てもいいですが、「とらわれすぎない」ということです。
何でも「ちょうどいいのがちょうどいい」のです。
すべてはバランス感覚なのです。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3203
「真理を飲む人」  (2011/10/16 [Sun])
「真理の泉で口をすすぐ人はいても、飲む人はいない」。

これは仏法真理を学んでも、それを頭の中だけのことにしてしまい、
実際に仕事や生活の中で実践している人はいないということです。


たとえば「自利利他」という仏教の言葉があります。
自分の仏性と相手の仏性が共に喜ぶということです。
どれだけこれを実践できているでしょうか。
ほとんどの人が「自損損他」。

自らが嫌な思いをし、相手も嫌な思いをしているのではないでしょうか。
そうはいっても実践はなかなかできない・・。
だからといつて、学ばなくてもいいかというと、そうではありません。
しっかり仏法真理の理論を学び、実際の仕事や生活の中で応用していく。
その繰り返しによって、はじめて理論が身につき、体に染み込んでいくのです。


「愛」や「強さ」は調和や喜びを生み、
「自我」や「弱さ」は苦しみや不快感を生みます。
言い換えれば「無条件の愛」こそが幸せをもたらし、
身勝手な「自我」は不幸をもたらすのです。
心を浄土にして暮らすには、常に人に愛や喜びを
与える気持ちを持って生きることが一番の近道だと思います。


だから真理を学んでも、これを「机上の空論」にしてみたり、
まったく無関心であったり、「きれいごとだから」だと考えてしまうのです。
つい「自我」で流されてしまう。
それが人間の愚かさの姿なんでしょう。


このことを自覚できるようになるまでが、大変な道のりなのです。
これが頭で考える「理論」ではなく、身に沁み込んだ「真実」となるまでに、
僕たちは、実に様々な感動や体験や経験を必要とします。
そのために気の遠くなるような歳月をかけて
何度も何度も現世に生まれなおしてくるのです。
その大変さを認識したうえで、まずは真理の理論を身につけましょう。


そして大切なのは実践です。
学んだあと、どれだけあなたの中の「愛」と「自我」の%を実践で変えられるのか。
実際の仕事や生活の中で「無条件の愛」を実践していけるのか。
それが一番大切なことである、このことをしっかりと覚えておきましょう。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。



vol. 3202
「人と他の生物の違い」10/15(土)  (2011/10/15 [Sat])
人と他の生き物、つまり植物や動物との違いは何でしょうか。
それはまず人間は「自我」があること。
そしてもう一つは「愛」があることです。


動物は愛がありません。動物の親子を見た時、
誰から見ても親子の愛が存在するように思います。


しかし、その中身は、種の保存なのです。
人との関わりがある動物は、人を助けるように
見えるかもしれませんが、それも愛ではなく、自己保存なのです。
自らを存在させるためには、
その人の力が必要であることを本能的に知っているからです。


しかし人間には「愛」があります。
そして「仏の心」である「良心」があります。
ただその人間にも心の成長段階があって、
「愛」を学びながら、「愛」をふくらませているのが、
自分の人生を他の人との縁を大切にして
「ありがとうございます」という「感謝の心で生きる」ということなのです。


人間は人間として生まれ変わりの回数や、
生まれてきたからの経験や体験の違いによって、
心の成長段階があきらかに違います。


また人間として経験の乏しい人は、
自己中心的な思いや傲慢さに葛藤しながらも、
その中で「愛」を学び、「無償の愛」を広げていくプロセスを経験しています。


すべては「自我」を捨てて「愛」を選び取るという学びです。
つまり人間は様々な環境下の中で、
いかに「自我」に振り回されることなく謙虚に「良心」に従って
「愛」と「善」で感謝して生きていけるかを試されているのです。


この事実を心して覚えておき、日常の業務や生活を送っていきましょう。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。



vol. 3201
「父性と母性の喪失」10/14(金)  (2011/10/14 [Fri])
今の世の中は、良くも悪くも男女の差なく、
女性は母性を失いつつあります。


NHKのお昼のドラマでよき昭和の時代の女性の姿
「おひさま」が人気になりました。
それは女性としてこの世に生まれてきた人は、
母性を学ぶことだということを意味しています。


大衆は無意識に本当のことを知っているので
「おひさま」が人気だったのです。
母性とは「思いやりの心」「受容の心」「包み込みの心」
というまさしく太陽のような温かい心のお母さんの姿のことを言います。
まさに「優しく強く女の子」です。


また、テレビでは木村拓也主演の「南極物語」が
人気を得ようとしています。これは男性に生まれた人は、
父性を学ぶことを意味しています。
父性とは何があっても夢と希望を目指して立ち向かう信念、
父親として凛として正しく生きようとする
男の強さと優しさの姿のことを言います。
まさに「強く優しく男の子」です。


男女の差がなくなることではないのです。
男性と女性の役割はまったく違います。女性の場合、
現在は社会進出して男性的に生きるような女性が増えることによって、
母性を映し出す婦人科系の病気が今どれだけ増えているかで分かります。


また男性の場合、競争社会の中で挫折し、
夢と希望を失った年間何万人もの男性の人たちが
自虐的になって自殺をしているのかで分かります。
今の時代、父性、母性を今一度しっかり見直し、
父性と母性の尊厳を取り戻しなさいという魂の警告が出ているのです。
そのことを、謙虚に受け入れなくてはなりません。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3200
「傲慢との闘い」  (2011/10/13 [Thu])
あなたがこの世に生まれてからの学びは何だと思います?
それはまさしくあなたの心の中にある「傲慢との闘い」なのです。


あなたの「別にこれでいいじゃない」という自分勝手な利己主義的行動、
人が親切に教えてくれても「分かった、分かった」と素直に相手の心を
聞こうとしない愛なき行動。


「やってくれるのが当たり前。
わかってくれるのが当たり前」といった、
自分の心の中の依存心や依頼心を
今一度自分を客観視して知っていくことです。


そしてまことの謙虚さを知るということ、
まことの謙虚さに気づくということが
人間に生まれてきた目的であることに気づくことなのです。


親は自らの傲慢さを認め子どもと謙虚に相対していくことが大切です。
そして人間は常に「傲慢との闘い」によって
謙虚さや感謝の心を人間として生まれてきて
日々の生活の中で学んでいることを子どもに伝えていくことが大切です。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3199
「悪い心は弱さと無知から生まれる」  (2011/10/12 [Wed])
何故人は陰口を叩いたり、無視したり、嫌がらせをしたりするのでしょうか。
人の幸せを壊すために画策する。人の不幸をあざ笑う・・・。
普通の暮らしの中でも、そういう行為は日常的に目にします。


どうして、そういう悪い行為に走ってしまうのか?心の中では、
人に優しくする、親切にすることは「いいこと」だと思い、
口では正しいことを行っても、実際に人には平気で傷つけるようなことを平気で
してしまう。どうしてなんでしょうか?


弱いからです。そして、無知だからです。
すべての悪意の根源にあるものは、「弱さ」と「無知」なのです。
その結果「不幸」なのです。
平易な言葉で言うと、幸せな人は意地悪はしません。
人に対して過剰な避難を浴びせる人は、心が愛で満たされていません。
例外なく不幸な人です。


何故不幸なのか。弱いからです。自らの力で弱さを克服し、
幸せをつかむことができないから、ストレスがたまります。
それを自分以外の人を攻撃することで解消しているのです。
つまり、人に対して「悪意」を向ける人は、「私は不幸です」と言っているのと同じです。
それはとても恥ずかしいことです。


昔はよくないことをすると、父親に「恥を知れ」とか、「もっと慎め」とか言われました。
けれども、今は「恥」という概念そのものがなくなり、「そんなことどうでもいいじゃん」
と惰性や横着に流されていき、何が人にとって恥ずかしいことなのか、
教える人もいないので、分からなくなってしまったのです。
ですから子どもも親も、弱い心は、弱いまま放置されています。
人間として心が強くなるチャンス、
自分の弱さに気づくチャンスが少なくなっているのです。


今一度、「恥を知れ」「もっと慎め」の言葉をかみしめてみたらどうでしょうか。
そして、「いけないことはいけない」と、勇気をもってはっきり伝えていける、
凛とした大人の心を取り戻すことではないでしょうか。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3198
「マザー・テレサの愛を学ぼう」  (2011/10/11 [Tue])
マザー・テレサって皆さんご存知ですよね。
彼女は18歳でカトリック教会の修道女となりますが、
上流階級の人々を対象にした活動に違和感を覚え、
貧しい人たちに尽くすため、スラム街へ出て、
修道会「神の愛の宣教者会」を立ち上げます。
「もっと貧しい人々の間で働く」ことを使命としました。


その後の彼女の活動は、ここで書ききることなんてできません。
路上で痩せ衰えて死を迎えざるを得なくなった人々のために、
彼らが最後に憩えるホスピスをつくり、
伝染病として嫌われたハンセン病患者たちのために、
家族の近くで自給自足ができる村をつくり、
親を亡くした子供たちのために、児童養護施設や学校をつくり、
1997年に彼女が亡くなったときには「神の愛の宣教者会」
のメンバーは約4000人になり、120か国以上、
600か所以上で活動を行うようになっていきました。


マザー・テレサの活動を見ると、
まさに「神の愛」とはどういうものなのか、
「無償の愛」「無条件の愛」とは
こういうものかということを実感させられます。


彼女は「自分のため」には、まったく生きていません。
自分自身の持ち物といえば、質素な二枚のサリーだけでした。
それも、彼女自身は、「所有しているのではなく、使っているだけ」と
言っていたそうです。


しかし、昔の彼女はごく普通の「か弱い女性」で、
修道院に入ったころには蝋燭一本まともにつけられなかったような人でした。
それが、世界規模の偉大な活動を続け、ノーベル平和賞など数々の賞を
授与されるに至りました。


人間というものは、無償の愛を胸に、無条件に与える愛の道を歩み始めると、
人は大きく変貌するのです。
無償の愛を胸に、自分のためではなく、すべての人のために与える愛で生きる。
善は調和と幸福を生み、悪は苦しみと悲しみを生みます。言い換えてみれば、
無条件の愛こそが、人に幸せをもたらし、身勝手なエゴは不幸をもたらすのです。
心を天国、お浄土にして暮らすには、善意をもって生きることが一番なのです。


保育士にしても、心ある人にしても、どれだけあなたの心の中の悪と善の
パーセンテージを変えられるのか。職場や実際の暮らしの中で、
見返りを求めない与えっきりの無償の愛を実践していけるのか。
それが実に大切な事だというこということを心して覚えておいてもらいたいと思います。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3197
「良いイメージ」   (2011/10/10 [Mon])
不幸な人って「持越し苦労」「取り越し苦労」が多いいです。
そういう人たちの特徴は、取り越し苦労や持越し苦労を、
「転ばぬ先の杖」と思って、「二度と失敗しないために、過去の苦労をあたため。
将来の苦労を先取りしているんだ」と思っていることです。

しかし、この考え方は、心の法則を勉強していくと、
ひじょうに危険な考え方であることがわかってきます。
僕たちの心は、心に描いたことを勝手にひきつけてしまうからです。
ですから「転ばぬ先の杖」と思っていたその苦労の映像が、
かえって、悪いことを引き寄せてしまうのです。

心のキャンパスに向かって、一生懸命、苦労を克明に描き続けると、
いつの間にか、その心の絵は実現されていってしまいます。
ばかばかしことです。
苦労を避けたいがために、一生懸命に絵を描いたところが、
その絵が現実化されていってしまう、こういうことがあります。
だから考えるのとはいいませんが、
もっと楽天的になって仏様に安心して任せていく必要があります。
そしてもっとわくわくするようなイメージをたくさん思いつくことです。
これこそ、豊かな人生を生きていための大切な考え方なのです。

そして、次は言葉の「創化力」を使うこと。
朝起きたときには、毎日毎日、
「今日は、自分はあらゆる点でいっそうよくなる」と言葉に出すことです。
寝る前には
「仏様、ご先祖様、今日も生かして頂いて ありがとう御在位ます。
今日も素晴らしい一日でした。明日もきっと、素晴らしい一日になります。
素晴らしい日をありがとうございます。」そう言葉に出して感謝し、
ぐっすりと安心して寝ることです。
こうして、僕たちは自ら安心して明るい人生をつくっていくことができるのです。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3196
「家庭でも組織でもホウレンソウを忘れずに」  (2011/10/08 [Sat])
ホウレンソウというのは、報告・連絡・相談のことです。
このホウレンソウは組織だけではなく、家庭においても家族全員が
同じ情報を共有するためにとても必要なことです。


組織の中でも、起きてきたこと一つ一つをどう理解し、解釈したら
いいのか、どう対応、対処、処理、改善したらいいのか、
その情報を必ず上司やトップに流したのか?


ホウレンソウを毎日しないと、取り返しのつかないことや
大きなミスをしでかすことになってしまいます。


ただホウレンソウの大切さはよく言われてますが、
タイムリーかつ効果的にやっているマメな人って本当に少ないです。
じゃあ、なぜホウレンソウができないのか?


理由は簡単です。
仕事や人に対して素直でも謙虚でもないからです。
本当に仕事や人のことが大切に思えたら、ホウレンソウは自分の
ほうからせずにおれなくなり、すぐに仕事や人を生かすための
最善の指示命令を得ようとします。


謙虚で素直な人はホウレンソウを能動的に行っています。
ホウレンソウをやっていない人、
もう一度自分の姿勢を謙虚に見直すことって大切ですよ。
与えたものしか与えられていきませんから。
奪ったら奪われていきますから。


まさしくホウレンソウは最善を周りに与えるための
最適な手段なのですから。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3195
「素直な心」  (2011/10/07 [Fri])
素直な心になるのはなかなか難しいのです。
すぐにはなれません。

だから朝起きたら、仏壇のあるところだったら仏壇の前へ行って、
神棚があるところだったら神棚の前で、

「今日一日素直な心でものを見るように、素直な心で行動いたします。
 そのようにご指導下さい」と誓うわけです。

素直な心とは、とらわれのない心です。
とらわれのない心とは自分の都合のいいようなものの見方をしない、
ということです。

こういう素直な心のトレーニングを毎日意識してやっていくのです。

素直な心は、その人を強くより正しく聡明にしていきます。

いつもいつも心の中では「素直な心で生きよう」と言い聞かせて
いきます。

自分の主観だけで物を見たり、何かを判断する場合は往々に
間違っています。

だから素直な心のまったく色眼鏡つかない状態を日々トレーニング
していくのです。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。

vol. 3194
「しつけの大切さ」10/6(木)  (2011/10/06 [Thu])
戦後、日本は「道」を失い、家庭には家庭の躾を失い、
会社には会社の躾を失い、あらゆる組織でこの躾というもの失い、
国民には国民の躾がなくなっていきました。
その変わり自由と権利を主張する人ばかりが目立ってきました。


よく人を見ていて思うのですが、やはり個々人にその人の
家の「育ち」というものを感じる。
それは「いかに親や周りから愛情を与えられてきたか」
そして何より「いかにきちんと躾を受けてきたか」です。


だから、子どもも大人も、よき躾というものが絶対に必要です。
それによって人間もできてくると思います。
だから、やはり小さな時から善悪の躾、何が正しくて何が間違っているのか、
何が喜べて何が悲しむことなのか、何が尊くて何がおかしいことなのか、
しっかりと躾をしておかないといけない。


しかも、それは窮屈であったり、行き過ぎたものではなく、
自然な形において躾していくということが、
ひじょうに大切ですね。
それはまさに教育というより徳育です。
そうすればバランスのとれた人間が生まれる。


これは子どもの世界でも大人の世界でも一緒です。
そういう躾が育っていくと、自然と備わる行儀作法
というものがでてきます。
それがその人の徳というものを表す一つの姿になりますね。


生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3193
「夜明けを待って生きる」  (2011/10/04 [Tue])
暗い気持ちになった時、

信じているものに、そっと思いをはせてみよう!

それだけで、希望の光に照らされるから!

人は、針の先ほどの小さな光であっても、

光を見つけたとき、大きく救われるから。



佳川 奈未著  「生きる力」より抜粋

vol. 3192
「豊かな家庭生活」   (2011/10/04 [Tue])
家庭生活の中でも、家庭の良いところをたくさん発見できる人と、
家庭の欠点ばかりを発見する人とでは、
その喜び方が全然違ってきます。


自分の子供を観て、「この子はお父さんのこんな悪いところに似てる」
「お母さんのこんなわるいところに似た」そんなことばっかり考えていると、
子供と一緒にいても楽しくありません。


ところが「こんなことがいいね」
「こんなこともできるようになって、この子は進化した」と、
楽しみながら子供を観ていると、家庭がとても楽しくなります。


また、奥さんが御主人の事を「うちの主人はここがいけない。
こんなことも知らない。これできない。あれもできない」と思っていたり、
子供の前で言ってたりすると、一緒に暮らすのが嫌になってきますし、
子供の心も傷ついて子供自身の自己評価が下がっていき
萎縮したり自信をなくしていきます。


しかし、相手の長所を発見する才能に恵まれている人は、
そんなことはありません。
いつも一緒に暮らしている人に対してでも、
「うちの主人は、こんないいところがある。
こんな素晴らしい点がある。と、毎日毎日、良い点を認められる、
見つけられる、そうした才能に恵まれた奥さんにとっては、
家庭生活はいつも豊かで明るくて楽しいものなのです。


だから子供も豊かに育って自己評価が高まっていきます。
毎日の生活が、明るく楽しく豊かなものに変わっていくのか、
それとも貧しくて暗いものになるのか、それは、
決して客観的な収入の多さ少なさではなく
その人の心が作り出しているのです。


そして不思議なことに、この心の豊かさというものは、
目に見えない世界で、ちゃんと貯金ができているのです。
よく昔の人が「天の蔵に徳を積め」といったのがそれです。
そして、心の豊かさの貯金が増えていった人は、
次第しだいにこの世においても豊かになってくるのです。


その現れ方は、もしかしたら自分の代では充分に
表れないかもしれませんが、
そうした心豊かな家庭から生まれ子供には、
経済的な成功者が出て世の中のために奉仕したりします。


反対に、心の貧しさも、やはり借金として残っていきます。
そして、心の豊かさも心の貧しさも、いつかはこの世に
現実化してくるものだと考えて間違いありません。


心の世界のことは、ストレートに今日、
明日と現象化するものではありませんが、一定の時間
を通したら、僕たちの目に見える形で表れてくるものなのです。
そうであるならば、ぼくたちは今から、将来に向かって、
心の豊かさの貯金をしていきましょう。



生かして頂いて ありがとう御在位ます。


vol. 3191
「流れの中を生きる」  (2011/10/03 [Mon])
“無駄な抵抗はやめる”

ただそれだけで、流れを正せることもある!

“抵抗をやめる”とは、

“現実を受け止める”そして、おもしろいことに、

受け入れる覚悟をしたとたん、

なぜか突然、救われる展開になっていく!



佳川 奈未著  「生きる力」より抜粋

vol. 3190
「乱されずに生きる」  (2011/10/02 [Sun])
乱されるのは、外側のことばかり意識を向けて、

自分を辛い方向に追いやるから。

外側に何があろうとも、そのつど自分の中心に戻れば、

混乱はおさまり、平静を取り戻せる!



佳川 奈未著  「生きる力」より抜粋

vol. 3189
「自縛をといて生きる」  (2011/10/01 [Sat])
おかしな言葉とかたよった思考で、

自分を縛らない。

自分が自分を縛らなければ、

すべてはもっと楽にいく!

もっと世界が可能性に満ちてくる!

佳川 奈未著  「生きる力」より抜粋






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