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2013年 7月

vol. 2437
「キレないこと」で、前に進める。  (2013/7/31 [Wed])
壁に当った時は、後ろへ戻るか前に進むしかありません。
幼児はすぐキレます。大人になるとだんだんキレなくなります。
壁にぶち当たった時に、「バカヤロー」とか
「クソババア」とか言ってキレる人は、幼児に戻っているのです。
キレてはいけません。
キレそうになった時にキレないで前へ進むことで、
人間は成長していけるのです。
キレた時点で、後ろに下がっていることになります。
人間は幼児に戻る可能性を常に持っているのです。

 ここでいう幼児は、成長していない、
キャパシティの小さい存在という意味です。
壁にぶつかった時は次のステップに進めるチャンスです。
涙が出そうになった瞬間も泣いてはいけません。
涙をこらえることで前に進んでいけます。
泣いてしまうと、幼児に戻ってしまいます。
どなりたい時にどなってしまったら、後ろへ戻ったことになります。
殴りたい時に殴ったら、幼児に戻ったということです。

キレそうになったら、自分で自分を客観的に実況中継して、
行動の予測を立ててみるのです。
「普通ならここでキレるところである」と頭の中で
客観的に説明を入れるのです。
このように自分自身を冷静に描写できるようになると、キレなくなります。
「キレる」、「どなる」、「わめく」、「泣く」、「叫ぶ」
―――これらはすべて退行現象です。

 壁に当った時にキレないだけでも、
あなたはすでに前へ進める権利と手に入れたことになります。
自信を持って淡々としていればいいのです。


「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2436
「自分の短所を味にしよう」  (2013/7/30 [Tue])
 大阪の劇団「転球劇場」には、
「JACK」というとても面白い芝居があります。
大学の1年生から4年生までのあるサークルが、
学園祭の出し物をやるという設定の芝居です。
この中に、4年生に向かってタメ口をきいて、
いつも叱られている1年生がいます。
この1年生のタメ口が、ある時許されるのです。

 ある時、4年生の副部長が、
「こら、タメ口……お前のタメ口、味が出てきたな」と言います。
味が出てきたことで、下級生のタメ口が許されていくのです。
つまり、短所だったことが許されていくわけです。
短所には許される短所と許されない短所があります。
味のある短所は許されます。

ヘタでも、味のある字や絵があります。
せっかく味のある短所を、味のある長所にすることはありません。
短所を短所のまま、ほったらかしにしておいてもいけません。
いかに味のある短所にしていけるかを考えましょう。
優等生は味のない長所ばかりつくっています。
わざとらしくやっても味にはなりません。
楽しんで、努力して、一生懸命やっている短所は、味になっていきます。
ふざけてやっていることは、味にはなりません。

短所は、一生懸命やってうまくいかなくても味になります。
天然ボケは、一生懸命やっているから、いい味が出るのです。
わざとらしい天然ボケは、最も嫌味なものになります。
一所懸命やっていると、まわりのみんなが好感を持ちます。
いい加減にやってうまくいかないことは、
味のある短所にはなりません。いい加減にやってうまくいっても、
まわりからいい印象は持たれません。

一番味が出るのは、一生懸命やっているのにうまくいかない時です。
一生懸命やってうまくいけば、味は出なくても、みんなに評価してもらえます。
一生懸命かどうかをまわりが感じてくれるのです。
同じ拍手でも、つまらないなという拍手と、
この人が勝ってよかったなという拍手があります。
2つの拍手は根本的に違うのです。
一生懸命やれば、おのずと拍手が来るし、
その拍手に力がこもります。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2435
「間違えること」と、失敗は違う。  (2013/7/29 [Mon])
 間違えることは失敗ではありません。
間違いを認めないことが失敗なのです。
間違いが失敗になるパターンは3通りあります。

1、間違いを認めない。
2、間違いを隠す。
3、間違いを正当化する。

たとえ間違っていても、間違いを認めることができれば、
成功につなげることができます。

 私と一緒に仕事をしている外部のスタッフが、
ある時間違いを起こしました。
一度ではなく何度も続けて間違えたので、
その仕事は仕切り直しをしようということになりました。
そのスタッフからお詫びの手紙が来て、
「どうやら間違ってしまったようで」と書いてありました。
「どうやらまちがってしまったようで」には2通りの解釈ができます。

1、日本語の使い方を間違っている。
2、間違っている自覚がない。

本人に確認したら、間違っている自覚がありませんでした。
「間違いまして」と「どうやら間違ってしまったようで」とは根本的に違います。

 間違ったから即失敗なのではありません。
間違った後どうするかが、失敗か成功かの分かれ道になります。
間違ってしまったがきっかけで成功することは、
よくあることです。成功にいたるまでは、
たくさんの過ちを犯すことがあります。
人間だからたくさんの過ちを犯すのは当然です。
間違うのは実に人間らしいことです。過ちを犯すことで、
もっと大きな成功をつかむこともできます。
間違った時点で諦めないことが大切です。


「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2434
「空気」を読める人が成功する  (2013/7/28 [Sun])
 日が当たっているところは暖かくて、日陰は寒いと感じる人は、
今日は夕方になってめっきり冷え込んだということもわかります。
変化を肌で感じることができるようになります。
温かい冷たい、暑い寒い、おいしいまずい、気持ちいい気持ち悪い、
そういう微妙な感性を磨いておくことです。
これはむずかしいことではありません。人間が生きていくうえで、
基本的に大事なことです。
ツルツルなのかざらざらなのかを肌で感じとるのです。

やりたいことが見つからない人は、目で見つけようとしています。
視覚のほかの四感を切り捨ててしまっています。
やりたいことは視覚以外の部分で見つかります。
物事を甘く見てはいけません。
ぼけた感覚ではやりたいことが見つからないのです。
成功できない人は、あらゆるものを甘く見ています。

なめてかかるわけではありませんが、感じる力がないのです。
「甘い」というのはスイートでなく、フォーカスがぼけているということです。
フォーカスが合っていないから、輪郭がぼやけて見えます。
なめてかかるなら、まだいいのです。
実際になめてみれば味がわかるから、
味覚を働かせることができます。なめてもいないのです。
やりたいことが見つからないのは、
今の温度や空気を感じていないということです。

「自分力」は、空気を感じる力です。空気は気持ちの反映で動きますから、
自分の気持ちの反映が自分のまわりの空気を動かします。
相手の気持ちは相手のまわりの空気に伝わってきます。
2人で何かをやっている時は、
自分の気持ちの空気と相手の気持ちの空気が接して、
すでに動いています。「空気を読む力」というのは、その力です。

ヒット商品を生み出す人は、
世の中全体の空気がどう動いているかを把握できる人です。
サービス精神のある人は、お客様の空気は
今どういう状態にあるかを感じる力があるのです。


「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2433
「ボーっとしていては、やりたいことが見えてこない」  (2013/7/27 [Sat])
「やりたいことが、見つからない」と言ってる人のほとんどは、
ボーっとしています。ボーッとしたままで、やりたいことは見つかりません。
やりたいことが見使ってから目を覚まそうとしても、
やりたいことは見つからないのです。

 やりたいことを見つける前に、目を覚まさなければなりません。
「出会いが見つからない」という人も、ボーっとしています。
目が覚めていません。五感が寝ぼけているのです。
ボーっとしていたら、どんなチャンスも、どんな出会いも、
やりたいことも、夢も見つかりません。
ボーっとしたままで何か見つけられるという思い込みは、間違いです。

 人がなかなか行動を起こせないのは、才能がないからでも、
適性がわからないからでもなく、ただ、ボーっとしているからです。
ボーっとしている人に、「あなた、ボーっとしていますよ」と
注意してくれる人もいません。「あくせく働け」と言っているのではありません。
「ボーっとしている」の反対語は、
「あくせく働く」ではありません。「センサーを研ぎ澄ますこと」です。
感じる力をつけておくことです。ボーっとしている人は、感じる力が鈍っています。

 例えばタクシーに乗った時に、
運転手さんに「今日は暖かいですか」と聞かれて、
「日の当たっているところは暖かいけど、日陰は寒いですね」と
返事のできる人は、ボーっとしていません。
感じています。
「さあ、どうだっただろう」と思い出せない人は、
センサーが働かずに暑いも寒いもわからなくなっているのです。
これがボーっとしているという状態です。

 風邪をひいてボーっとしている状態は、
やる気が出ないのではなく、感度が鈍っているのです。
おいしいものを食べた時においしいと感じる力があれば、
ボーっとしていません。おいしいものを食べたいといっても、
ボーっとしたままでは何を食べてもおいしくありません。
風邪を引いている時は感度が鈍っているから、
おいしさを感じることができません。

 どんなに疲れていても、感性がキンキンに働いていたら、
おいしいものはおいしいと感じる。どこが暖かくて、
どこが寒いかもわかります。
今、自分の体のどこに汗をかいているかも感じることができます。
ボーっとしないということは、感じる力をぼけさせないことです。
頑張ることではありません。

 「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2432
「スタッフの人数が減っても、こなせるパワーを身につけておこう」  (2013/7/26 [Fri])
仕事の量と、それをこなすスタッフの数には、必ずしも相関関係はありません。
リーダーがいつまでもスタッフ側の意識でいると、
全体の仕事量をスタッフの人数で割った分が
自分の仕事量だと思ってしまいます。スタッフの人数は、
一番忙しい状態にも対応できるように配置されています。
たとえ欠員が出てもこなせるだけのスタッフを準備するのがリーダーの仕事です。
つまり、スタッフ一人がこなさなければならない仕事量は、
普通の状態なら少なくなります。

 軍隊では、自分でこなさなければいけない仕事は、
平常時でなくて緊急時の仕事量で決まります。
仕事量は一定ではありません。いざ戦闘状態に入った緊急時には、
平常時の何倍もの仕事量をこなすことができなければなりません。
いつ戦争があるかわからないから、
リーダーは常に緊急時をベースに物事を考えています。

 逆にスタッフの側は、平常時をベースに仕事量を考えてしまいがちです。
スタッフは仕事が忙しくなると、「とうていできないから
人数を増やしてくれ」とクレームを出します。
平常時に頭割りした量が自分のこなすべき仕事量だと、
いつの間にか考えているからです。

 「自分はこれだけの仕事をすればいい」と、
自分で自分を甘やかしているのです。
与えられた仕事を時間内に仕上げることができたらOKなのではありません。
それでは足りないのです。仕事量の少ない平常時に、
自分の仕事をする能力を上げる訓練をするには2通りの方法があります。
 1・他の人のぶんのしごとまでかたずける。
 2・その仕事をもっとスピードアップする訓練をしておかないと、
戦闘状態に入った緊張時の仕事量をこなすことはできません。

 緊急時の仕事能力が、本当の「自分力」です。
戦闘状態に入ってから「自分力」をアップさせることはできません。
スタッフの人数の頭割りぶんだけ仕事をすればいいという発想の人は、
リストラ対象になる人です。
平常時に、「緊急時における自分の能力をどれほど
アップさせておくことができるか」という意識を持つことです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2431
「失敗しても挑戦しよう」  (2013/7/24 [Wed])
壁に当たった時には、2通りの対処の方法があります。

1・安全な手を使って守りに入る。
2・チャレンジする。

往々にして、安全な方法をとり、無難に守っていくやり方をとりがちです。
無難に守って、たとえうまくいったとしても、強くなれません。
強くなるためには、チャレンジするほうがいいのです。
チャレンジしても成功する確率は低いです。

でも、確率のこだわってはいけません。成功しなくても、
チャレンジしたことは確実にあなたを強くします。
何割の確率でできたかを考えてはいけません。
いくつできたかが大事です。

イチロー選手は、打率にはこだわりません。
何本ヒットを打てるかにこだわっています。
「大リーグ2年目でも、200本安打をクリアしたときに
一番充実感を感じた」とイチロー選手は言っています。
打率のこだわると、人間は怖くなり、保守的になります。
「もしここでヒットが打てなければ打率が下がる」と考えると、
怖くなるのです。怖く感じると、本来自分が好きでやっていたことが、
だんだん嫌いになっていってしまいます。

好きなものが嫌いになるのは、危険なことです。
1本でもたくさんのヒットを打ちたいと思うと、
早く打席に入りたくなります。
ところが打席を意識し始めると、調子が悪いときには、
「このまま打順が回らなければいいな」、
「打席に入りたくないな」と思うようになります。

せっかく好きなことをやっているのに、
そう思うのはもったいないことです。打席にこだわり始めると、
好きだったものが嫌いになってしまう可能性があります。
調子のいい時だけではないのですから、打席にはこだわらず、
「何本ヒットを打てたか」に挑戦していかなければいけません。
打席を下げないために安全策を取るよりは、
常にチャレンジしていくことで「自分力」はより強くなっていくのです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋 

vol. 2430
「やりたくないこと」も、やっておこう  (2013/7/23 [Tue])
「どういう仕事をやりたいか」と聞くと、たいてい同じ答えが返ってきます。
それは、誰でもがやりたい仕事です。そのときのブームもあるし、
楽しそうな仕事もあります。「自分もあんな仕事がしたい」と、
みんなが言います。しかし、その仕事がやれる人とやれない人がいます。
運のいい人や、才能のある人だけが、
やりたい仕事をできるわけではありません。
やりたい仕事をするために、やりたくないことをした人が、
やりたい仕事ができるのです。


 「やりたくないこと」はできるだけしないで、
やりたいことだけやっていたのでは、
やりたいことができるようにはなりません。
みんながイヤがるようなことをすることによって、
やりたい仕事にたどりつけるのです。
やりたくない仕事は通過点で、やりたい仕事の一部なのです。
「やりたいことをやりなさい」と言う場合は、
「やりたくないこともやりたいことの一部として頑張ろう」
という意味が含まれています。

 やりたいことだけをやっていては、やりたいことはできません。
やりたくないことは、あなただけではなく誰でもがやりたくないことなのです。
やりたいことは千差万別です。やりたいことだけをしている人は、
一人もいません。地味な作業は誰でもやりたくないし、
面倒くさいことは誰でも避けて通りたいはずです。

 やりたいことができる人は、やりたくないことを平気で通過できる人です。
誰もがやりたくないことをやった人が成功者になれるのです。
3Kの仕事が平気でできる人は、商売でも成功します。
3Kの仕事はできるだけ避けたいという人は、
商売も成功できません。トイレ掃除ができない人は
スチュワーデスになれません。やりたくないことをいくつも通過していかないと、
やりたいことにたどりつくカギを手に入れたり、
パワーを身につけることはできないのです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2429
「自分以外の仕事をしよう」  (2013/7/22 [Mon])
「自分の仕事ではない仕事」を押しつけられることがあります。
自分の責任ではない責任を押しつけられてとがめられることがあります。
自分のやった失敗ではないのに、お客様から叱られることがあります。
冤罪として他人の罪をかぶせられることがあります。

お客様は、その会社の人全員が悪いと思ってクレームを言います。
個人で働いていたら、どなられた時は必ず自分のせいです。
チームで働くと、自分のせいではないことで
どなられる可能性が出てきます。
自分以外のことでどなられた時はチャンスです。
他人のしたことを自分のしたこととしてきちんと謝れたら、
あなたは組織の歯車から抜け出すことができます。

「それは私がやったことではありません」と言った瞬間に、
あなたは組織の歯車になってしまいます。
上司にも歯車の人がいます。
部下がした失敗に対して「よく叱っておきます」という上司は、
失敗を自分の問題としてとらえていません。
部下がした失敗で、自分の失敗ではないと考えた時点で、
上司はそのチームのリーダーではなく歯車になります。

組織の歯車になってしまうかどうかは本人に自覚できまります。
ほかのメンバーの仕事も手伝ってあげよう
という気持ちの余裕があれば、歯車ではなくなります。
ほかの人の失敗のリカバーに一緒に努力し、
お客様や上司からどなられることを引き受けられるようになれば、
歯車にならないですみます。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 2428
「上司を出世させる部下が、出世する」  (2013/7/20 [Sat])
 自分が成功したいと思ったら、上司と仲間を成功させましょう。
自分だけが成功したくて努力しても、実は成功にはつながりません。
成功者は、上司が必ず出世しています。
「いい派閥に入って運が良かった」ということではありません。
頑張って上司を成功させたから、部下も成功したのです。上司も、
自分が成功したかったら部下を成功させることです。
部下が成功すれば、必然的に部下も成功できます。

 まわりに人に成功を与えようと思うと、自分が成功できます。
上司も部下も同僚も、みんな同じです。
同僚を失敗させて自分だけが成功することはありません。
会社の中では、入社年によって、
成功する人が多い年とダメな人が多い年に分かれます。
成功している入社年の人たちは、同期同士で成功させあったのです。

 就職試験の集団面接でも、全員が残る場合と全員が落ちる場合の
どちらかがほとんどです。こんな狭い範囲で一番になっても、
トップにはなれません。「ここにいる全員一緒に予選を突破しよう」と
考えたほうが成功しやすいのです。自分がいかに成功するかを考えるのは、
とてもむずかしいことです。ところが、
「となりにいるこの人を成功させよう」と考えるのは簡単です。
相手を客観的にみられるので、いいアイデアが思いつきやすいのです。

 自分が誰かを成功させてあげようと考えると、
必ず誰かほかの人も自分を成功させようと考えてくれます。
お互いに成功させあったほうが、より簡単に成功できます。
誰かを成功させる方法をみつけてあげると、
その人があなたにお返しをしてくれるのです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 8427
「全体は、さらに大きな全体の一部だと見ると、余裕が生まれる」  (2013/7/19 [Fri])
 あらゆるシステムは、そのシステムだけで
独立して存在するわけではありません。
あらゆるシステムは、何かのシステムの一部です。
つまり、より大きな全体の一部になっているのです。
こういう意識でまわりを見られる余裕が「自分力」です。

 子供にとっては家族が社会のすべてです。
お父さんが怖いと思ったら、子供にとっては
お父さんが社会で一番偉い人です。
大人になると、お父さんは会社で働いている
ことがわかるようになります。
会社へ行くと、お父さんの上には上司がいます。
お父さんも上司に叱られながら仕事をしているのだ」と
余裕を持って眺められるようになります。

 ところが、不満を感じている子供は、
「自分がハッピーでないのはお父さんのせいだ」と思いがちです。
家族は社会を構成する最小単位で、
世の中から見たら一部の一部にすぎません。
会社も同じです。ひとりの部下が上司に
対して不満を持っているとします。
その人にとっては、自分の部署が世界のすべてです。
その外側にある社会全体が見えません。
その会社でさえ、世の中から見れば一部にすぎません。

 全体を見ることができれば、不満は消えてゆきます。
「自分力」をつければ、不満は消えていきます。
見ている世界が小さければ小さいほど、不満は多くなります。
「上司も大変なんだ」と思えてきたら、
上司に対する不満はなくなります。
上司にも常に上司が存在すると
理解できたら上司に対する不満はなくなります。
自分の部署は大きな組織の中の一部で、
その組織も社会システムの中の一部だと思えば、
余裕ができてきます。

 不満を感じるか感じないかは、
その人が世の中をどれくらいの大きさで見ているかで決まります。
同じ現象でも、それを不満に感じる人と感じない人がいます。
不満に感じる人は、その現象を狭い世界の中で見ています。
不満に感じない人は、その現象をより大きな世界の中の
一部として見ることができるのです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 8426
「お金を言い訳にしない」  (2013/7/18 [Thu])
 意味を見出す時に、すり替えをしてはいけません。
すり替えは口実です。口実で一番便利なのはお金です。
「食べていかないといけないから」とか「お金が儲かる」という理由で
自分自身をダマすと、行動に意味を見いだせなくなります。

ただお金が欲しいからではなく、自分で商売を始める
元手が欲しかったというなら意味が生まれます。
「貯金通帳の数字が、大きくなる」からとか、
「欲しいものが、自由に買えるようになるから」
という理由ではつまりません。

その人は本当に欲しいものを、まだ見つけていないのです。
手に入ったお金を握りしめて一直線に買いに行くなら、
まだわかります。欲しかったものが具体的にあるからです。
お金を持ってブラブラ買い物に行きたいというだけでは、
欲しいものが買えるお金が欲しかっただけです。

仕事をする理由を考えるときに、
お金はとても分かりやすい大義名分になります。
しかし、お金を理由にして自分をごまかしてはいけません。
お金以外で、その仕事をやる意味を見出しましょう。
「生活のためにやむをえずやらなければいけない」
というのも言い訳です。言い訳ばかりしている人は努力をしなくなります。

お金のためにやることは悪いことではありません。
だた、本人が努力を楽しめなくなることが悪いのです。
楽しめない努力は、だんだん努力しない方向に
進んでいってしまします。楽しんでやる努力は、
少しでも工夫して、もっと努力しようとします。
楽しめない努力は、できるだけ減らしていこうとするのは当たり前です。


 「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 8425
「夢が見つかると、努力が楽しくなる」  (2013/7/17 [Wed])
 「面白いか、面白くないか」「やりがいがあるか」の違いは、
今やっていることに意味が見出せるかどうかで決まります。
意味が見つかると、努力が楽しくなります。

 「努力することが楽しい人」と「楽しくない人」と、
2通りの人がいます。努力することが楽しくない人は、
努力しなくなります。努力することが楽しい人は、
人から言われなくても勝手に努力します。
楽しい努力と楽しくない努力があるのです。
楽しくない努力は長続きしません。努力することは、
必ずしも楽しくないことではないのです。
その行為に意味が生まれてくると、努力は楽しくなります。

 自分の行為に意味を見出すためには、2つの条件があります。
1.夢を持つこと
2.夢を具体化するための工夫をすること
この2つがなければ、意味は生まれません。
夢がなけれは、あらゆることに意味を見出すことができなくなります。
目先の面白いことばかりやるようになります。
夢があって、夢を具体化する工夫をしていけば、
その行為に意味を見出すことができます。
意味を感じると面白くなります。

 スポーツマンは、単調な反復練習をします。
まわりで見ている人は、「よくあんな単調なことが続けられるな」と
あきれるほどです。でも、反復練習をすることで
ホームランを打てるようになり、ストライクが取れるようになると思えば、
意味が生まれてきます。意味が生まれると、
単調な反復練習は楽しいものに変わります。

 他人から与えられるのではなく、自ら手に入れなければなりません。
「自分力」とはそもそも意味のないものに意味を見出すことができる力なのです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

 

vol. 8424
「目先の面白さでごまかすと、夢を持てなくなる」  (2013/7/15 [Mon])
 「面白い仕事がしたい」という人が多い。
「いまやっている仕事にはやりがいがない」という人もいます。
そういう人は、今やっている仕事が面白くないという意味で
「やりがい」という言葉を使っているのです。

 面白さには2通りあります。
1.目先の面白さ 
2.先へ行っての面白さ 

目先で面白い仕事は、実は夢のある仕事ではありません。
夢のある仕事というのは、先へ行って面白い仕事です。
ある意味では、夢のある仕事ほど今は面白くないものです。
今、目先に面白いものがたくさんある人は、
夢を持てなくなる危険性があります。
目先の面白さにごまかされてしまうからです。
目先の面白さは危険です。目先で面白いものは、
すこし先へ行くと面白くなくなります。
次から次へと面白さを変えていかなければならないのです。

 今、面白くいない仕事を努力してやっている人のほうが、
夢を持つことができます。目先で面白いものが、
先に行って夢につながるわけではありません。
「今やっている仕事は面白くないから、
先へ行っても面白くないだろう」という判断は誤りです。

 はたから見ると、「あんな面白くない仕事を
よく頑張ってやっているな」と思われるようなことのほうが、
実は夢につながっていることが多いのです。
仕事が面白いか面白くないかは、
もっと先へ行ってからの夢につながっているかどうかです。
目先の面白い仕事をポンポンかえながらやっている人は、
だんだんマヒして面白くなくなり、夢まで失ってしまうのです。


「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 8423
「明日、必要とされるもの」を、今、努力して身につけておこう。  (2013/7/14 [Sun])
 手に職をつけて食べていくことができるのは、
「必要とされる人」だけです。いつ必要とされるかには2通りあります。
1.今、必要とされる。
2.明日、必要とされる。

明日必要とされるにためには、今、努力
しておかなければならないのです。

 今、必要とされることにも2通りあります。
1.過去に自分が努力して身につけたもの 
2.努力しないで最初から持っていたもの
 どちらも明日必要とされる保証はありません。
たとえ過去に努力して身につけたものでも、
明日、必要とされるかどうかはわかりません。

 昔のノートを使いながら大学で講義する先生がいます。
そのノートは、過去にその先生が努力して手に入れたものです。
しかし、来年、同じノートで授業はできません。
今は役に立っていますが、
来年はもう役に立たないのです。今日までが限界です。

 過去にたくさん頑張ったと言って、
賞味期限はそんなに延びません。今日か明日ぐらいの違いで、
明後日には切れてしまします。だから、
明日のための努力を、常に今日、追加しておくことです。
一度頑張ったから終わりではありません。
努力を日々積み重ねておける力が「自分力」です。
毎日勉強を続けられる力が「自分力」なのです。

 努力とは、言い換えると工夫と勉強です。
今日必要とされているから
明日も必要とされるということはありえません。
今日、努力しない人は、明日は必要とされない人です。
今日、努力していることが、今日、
待たないとわからないのです。たしかに、
今、頑張っていることがいま必要とされたら、
努力のしがいがあります。
今、頑張っていることが今はまだ必要とされないところに、
頑張ることのむずかしさがありますが、
明日必要とされるものを今日準備する努力が必要です。

「自分力を高めるヒント」より抜粋


vol. 8422
「努力なしで売れるもの」に頼っていると、自分の価値をすり減らす。  (2013/7/13 [Sat])
「努力なしで売れるもの」に頼っていると、
自分の価値をすり減らす。

 「自分力」2通りあります。
%uE291A0努力なしで手に入れたもの
%uE291A1努力して手に入れたもの 

これは、どちらも「自分力」ですが、
圧倒的な違いがあります。努力なしで手に入れた価値は、
どんどんすり減っていきます。
努力して手に入れた価値は減りません。
努力なしで手に入れると、
なんとなく自分に力があるような錯覚に陥ってしまうのです。

「自分力」を誤解している人は、
努力なしで手に入れた価値がすり減っていくことに気が付きません。
努力なしで手に入れたもので
一生食べていけるような気になってしまいます。
手に職をつけたり、経験を積んだり、
苦労しながらノウハウを身につけたり、
自力で開拓する努力が大切です。

自分で努力で手に入れた価値を持たない限り、
今は食べていけても明日は食べていけなくなる可能性があります。
大人になっても、この差がわからない人が多いのです。
努力なしで手に入れたものと努力して手に入れたものの
区別がつかない人がたくさんいます。

手に職をつけたいと考えたら、
必ず努力しなければならないのです。
努力して手に入れたものは、毎日毎日食いつぶしいくことになります。
努力して手に入れたものが何割あり、
努力しないで手に入れたものが何割あるかで、
あなたの「自分力」の程度がわかるのです。

「自分力高めるヒント」より抜粋

vol. 8421
「簡単に手に入ったチャンスは生かせない」  (2013/7/12 [Fri])
「自分力」というのは、チャンスをつかんで、
生かしていく力です。あなたは今までの人生で、
たくさんのチャンスに出会ってきたはずです。
でも、チャンスにたくさん出会った人が
必ずしも成功しているわけではありません。
チャンスになかなか出会えなかった人のほうが成功しています。
めったにチャンスに出会えないから、チャンスの貴重さがわかるし、
チャンスをつかむ根性を持っています。
 
チャンスにたくさん出会っている人は
「どうせまた来るだろう」と思っているから、
チャンスを簡単に手放してしまいます。
ありがたみもわからなければ、つかむ力もついてきません。
つかむ力とは「ありがたみがわかる」ということです。
価値がわかることです。価値がわからないものに対しては、
つかむ力が弱くなります。粘りも弱くなってしまいます。

同じものでも、すべての人にそのありがたみがわかるとは限りません。
自分より上のステップのもののありがたみは理解できないのです。
自分がレベルダウンしてくると、今自分がしていることの
ありがたみが分からなくなってしまいます。

今自分がしている仕事がつまらないと言っている人は、
仕事がつまらないのではなく、その人がつまらないのです。
その人の力自体がつまらないから、
今、している仕事のありがたみがわからないのです。
その人は面白くない仕事をやっているのではありません。
今している仕事の面白さが理解できないだけです。
仕事を面白くする必要はありません。
面白さを理解できたら、今のままで楽しいはずです。

今あるものの面白さがわかったら、どこへ行っても楽しめます。
何かを変えるために必要なのは、
面白さを理解する力を自分につけることです。

「自分力を高めるヒント」より抜粋

vol. 8420
「自主性を育てる」  (2013/7/11 [Thu])
「コーチング」の「コーチ」の語源は「馬車」。
ならば「あなたをこれからお好きなところにお連れします」
というのがコーチングの意味ということになります。
似かよった言葉である「ティーチ」は「教える」こと。
でも、ティーチばかり繰り返されていると、
人はどんどん考えないようになっていきます。
こうして「指示待ち族」が増えていくのだと思います。

 そこで、相手の意見を聞く、質問を投げかけてみる、
そしてその答えに真摯に耳を傾けるという
味付けをしてみてはいかがでしょうか?
そうすると、たとえ助けを借りたとしても、
最終的には自分で考え、
自分で決めるチャンスが生まれてきます。
これが主体的に考え、行動するための出発点となります。
モチベーションだってアップします。

人は学ぼうと思えば、誰からでも学べます。
まずすべての基本は耳をかたむけること。
上司であろうが部下であろうと、聞けば自分だって
何かの学びや気づきがあるものです。
コミュニケーションの基本は双方向の意思伝達。
互いに聞き、互いに語る、そんなあたりまえの
キャッチボールができたら素敵な組織となるはずです。

人は聞いてもらうとうれしいのです。
まずは会話の主導権を相手の渡してみませんか?
自分で決めて、自ら行動することで、
自然と自主性が身についてくるのです。


「人を育てる自分を育てる」より

vol. 8419
「私を変えたひとこと」  (2013/7/10 [Wed])
人はほめられるとうれしいものです。
でも、そこでついつい謙遜してしまうのが、
日本流の奥ゆかしさともいえるようです。

 高校の男子テニス部の監督を担当していた時、
私とチームを変える大きなひとことに出会いました。

「Sさん、君のチームはどう?あ、あの選手はなかなかいいね」
「いやあ、K先生、うちはまだまだですよ。
あの子はフォアハンドが弱いし、試合でも安定性がないんですよ」

「Sさん、監督である君がそういうことを言っていてはダメだな!
『どう!』って聞かれたら、まず、選手やチームの
いいところを並べ立てるくらいじゃないと!
ほめられたら、謙遜するのではなく、
『ありがとうございます!すごいでしょう!その通りなんです』
と答えられないと選手も君も伸びないよ!」

 私にとって、それはそれは大きなひとことでした。
素直に謙虚に受け入れることができると、
必ず感謝の表現につながるものです。
それからはいっそ自分自身のことも含め、
ほめていただいたときは、素直にそのままお受けすることにしました。

 言葉は「言霊」であるとよく言われますが、まさしくそのとおり。
プラスの言葉があふれると、間違いなくプラスの
環境が生まれるものです。私がこうして自らの姿勢
を変えてから、チームはどんどん上昇機運に包まれるようになったのです。

 人は認めてほめると成長します。そしておもしろいことに
結果的に自分自身も相手も成長するのです。
ほめられ、認められると、今度は自分で自分を活かそうと
するエネルギーに変換していく力を持っているからです。

「人を育てる自分を育てる」より

vol. 8418
「基本は案外難しい」  (2013/7/09 [Tue])
「基本は案外難しい」

 企業には教育性の追求という目的があります。
業務遂行にプラスかマイナスかという判断基準で、
マイナス要因は徹底的に指導する必要があります。

周囲に媚びる人、根拠のない噂を流す人、
悪口ばかり言う人、言い訳をしたり、人のせいにする人、
任された仕事から逃げる人、
力量のなさを棚に上げ目立とうとする人……。
組織に悪影響を及ぼすタイプにもいろいろありますが、
いずれもその根底にあるのは「保身」ではないでしょうか。

人生も学校。企業もひとつの学校。
つまり、私たちは「学校」を卒業して、
また新たな「生涯学習機関」に入学するということになります。
仕事を学びと役割発見の場ととらえみんなで学んで、
みんなで育つことができたら楽しいです。
そのためには、やはり基礎基本が重要なのです。
それが「しつけ」です。
「えー、会社でもしつけなの」といわれるかも
しれませんが、案外「学校」では学んでいないことも事実だと思います。

仕事を普通の人はしなければならない仕事しかやりません。
デキる人は、しなければならない仕事と自分ができる仕事と、
自分がやりたい仕事を必ず並行して実践しているものです。

しなければならない仕事は、その人の職務に対して
与えられた最低限のガイドラインですが、
その成果も「しつけ」レベルに左右されることが多いと実感します。

しつけと素頭(適所に適切な行動ができる賢明さ)の
よさは比例するようです。しつけを前提条件として
素頭のよさは生まれるといってもよいと思います。

素頭のよい人は、すぐ判断し、すぐ行動します。
さらにコミュニケーション能力が高く、
相手を不快にさせることがまずありません。
時間に遅れる、約束を破る、表現力に乏しい、
返事や挨拶ができない人の悪口や批判が多い……など、
しつけの基本ができていなければ、
本来どれだけ頭が良くても、素頭が良いとは決して言えません。
たかが「しつけ」ではなく、「しつけ」はすべての基本です。

「人を育てる自分を育てる」より

vol. 8417
「ツクためのコツ」  (2013/7/07 [Sun])
 「これを持っているとツキますよ」「これはツキを呼ぶ商品ですよ」
人はこうした言葉に弱いものです。

同じ人生ですからツキまくってみたいと思うのが、
人間のサガでしょうか。「どうすればツクようになるのでしょうか」
という質問に、人間としてどう生きるべきかについて考える中で、
このことは究極の命題といってもよさそうです。
そこで、ツクためのコツを三つあげてみます。

1・何事にも感謝して、「ありがとう」と思うこと
 すべてのことは必要・必然・ベストとなるように世の中では
仕組ができていると言います。だから、一見、つらく思えるような
出来事であっても感謝する気持ちを常に持つクセづけをすることです。
「ありがとう」となんにでも言えるクセづけができれば、
自分にとって悪いことは自然と起こらなくなっていくのだそうです。

2・自分で見ていて「ツイているな」と思うもの・人とつき合うこと
 世の中はすべて、波動の原理で動いています。同じ波動は
引き合いますから、「あの人はツイているな」と思う人と
できるだけつき合うようにすると、自分も同じような波動に
なってツイてくるそうです。

また、人だけに限らず、流行のものや伸びている商品、
そういったものとつき合うのもいいでしょう。
いい言葉もいい波動を持っているので、
先ほどの「ありがとう」といったような、
よい波動をもつ言葉は使えば使うほどツイてくるのだそうです。
逆に人の悪口やマイナス発想の言葉は
間違いなくツキをなくしてしまうからよくありません。

3・「ツイている」モデルを探し、マネをしてみること
 身の回りにいるツイている人がどのようなことをしているか、
まずじっくり観察してみましょう。場合によっては、
いろいろと聞いてみるのもよいかもしれません。
そして、実際に自分でもマネをしてみてください。
その中で「いいな」と思うことうを自分に取り入れてもいいですね。

 この三つをやれば、誰でもどんどんツイてくると言います。
ひとつずつでも取り入れて、ぜひ実行に移してみたいものです。

 「人を育てる自分を育てる」より


vol. 8416
「心のニュートラルギア」  (2013/7/02 [Tue])
 夢を持つことは、とても大切です。
夢や目標を持って、将来あるべき自分の姿へ
けて邁進していく姿。誰でもそうありたいと願うはずです。
しかし、今の自分自身の現実をみると、
夢どころか日々仕事に追われているだけ。
とても夢なんて描けない。
そう思っていらっしゃる方には「プラス発想」をおすすめします。

 まず、今の自分を受け入れ、認める。すべては必要、必然。
だから、それをベストにするべく努力をしなければならない。
その努力とは、常に学ぶことを意味します。
自分が知らないこと、びっくりしたこと、不本意なこと。
すべてを必要、必然だと思えるためには、
素直にありのままの事実を受け入れ、
なぜそうなるのかを知ろうとすることが大切なのです。
自己に対しても、他者に対しても同様です。

 このすべてを受け入れる姿勢を、
自分の中の「心のニュートラルギア」の位置を知ることだと思います。
自動車には「ニュートラル」という、
ギアがからんでいない状態があります。
このニュートラルの位置を通過しないことには、
バックから前進、前進からバックへと切り替えることはできません。
もし、ニュートラルがなかったら、ギアは一瞬にして壊れてしまいます。
私たちの心も同じです。
時と場合によっては、しばらくの間ニュートラルの位置で停止し、
その間にエンジンを冷やしてやる必要があるかもしれません。

 心のニュートラルの位置を知ることで、
実は「肯定・感謝」のステップに進むことができます。
ニュートラルの位置を知ることは、
心の中に受け入れ態勢を用意することにつながります。

心はもっとも大切な部分ですから、きっちりと操作をし、
メンテナンスもしなければなりません。
ニュートラルに入れて、現状をまず受入れるためには、
「まず自分の周りに起こることは、必要、必然。
だから、必ず何かの意味や意義があるはず」と
自分の心に問いかけてみてください。
「今自分は、この現状から何を学ばせてもらおうとしているのか」
と真剣に自問自答してみてはいかがでしょうか。
そうして、何かの学びに気づいたら、
「学ばせてもらってありがとう」の感謝モードに入れます。

 こうした一連の流れがプラス発想だと考えています。
この「肯定→感謝」が、「夢」の実現へ向けて挑戦し、
自分を育てていくための入り口になるのです。


「人を育てる自分を育てる」より

vol. 8415
「自由という厳しさ」  (2013/7/01 [Mon])
 「自由」という言葉の響きっていいですよね。
「自由」というと、「解放感「「リラックス」を
感じる方が多いかもしれません。

それはそれでよいと思います。
しかし、一部の若者たちの間では、「自由」=好き勝手、
自分の思うがまま……ととらえてしまう傾向があるようですし、
大人の世界でもそのような考え方や
見方が先行してしまうことがあります。

 自由と束縛は表裏一体です。新入社員に、
どんなことでも「まず好きなようにやってみなさい」という会社は、
はたして良い会社でしょうか?

逆に、仕事の基礎基本も知らずして
、「あれこれ指示が多すぎて、自由にできない」と文句を言うのは、
はたして束縛が多すぎるからといえるでしょうか?

 答えはどちらもNOです。
「自由」とは基礎基本が確立された人に
対して与えられるステップです。
一方、最低限のマナーと規範を
守ることができるという大前提も必要です。
履き違えた「自由」ほど、見苦しく、調和を乱すものはありません。
自由を叫ぶ前に、
「まずあなたはやるべきことがあるでしょう!」ということになります。

 「自由」には、必ず「自主」と「責任」の二つが伴うのです。
自由勝手、気ままにという考え方は、真の自由ではありません。
自らの強い意志で、どのような結果が出たとしても決して
人のせいにしないで行動すること、これが自由なのです。

 人間だれでも、何かを自力でやってみたいという欲望を持っています。
そのとき自分の責任で処理できる自信があるなら、
何でもどんどんやればいいのです。
何事も、主体的に自分の判断で決め、
どのような結果が出たとしても、全責任を取る、
それが「自由」に生きていく上での鉄則です。

「人を育てる自分を育てる」より

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