2009年8月の日記

8月31日「技術的スキルより、人間的スキルを身に付ける」 
(2009.08.31[Mon)

スキルには、
技術的なスキルと、
人間的なスキルの二つがあります。
社会は技術的スキルで差がつくのではなく、
人間的スキルで差がつきます。
人間的スキルがベースにあって、
その上に、
技術的なスキルが上乗せされるのです。
人間的スキルとは、たとえば挨拶です。
「行ってきます」「行ってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」
「ありがとうございます」「ごめんなさい」を言えることが大切なのです。
人間的スキルのある人は、
どこに行っても適応できます。
技術的なスキルだけで生きていこうとする人は、
つぶしがききませんる
社会では通用しないのです。
とにかく、
まずは人間的スキルを磨き、
その上で技術的スキルを磨きましょう。
執着のマイナスの波動がマイナスの現象引き寄せることになります。

8月29日「嫌いな人を無理に好きになることはない」 (2009.08.29[Sat])

嫌いな人でも、好きに成らなくてはならないという思い込みがあります。
結局、好きになれない自分を責めたりします。
人間は、好き嫌いがあるのは仕方がないことです。
嫌いなものを無理に好きになることはありません。
たとえ、嫌いでも、
あなたが悪いわけでもも、相手が悪いわけでもありません。
たまたま二人のソリが合わないだけです。
仕事は仕事と割り切って、中途半端な感情をはさまない事です。
嫌いな人に対するほど、マナーをよくするのです。
好きな人とは、別に気にしなくても、誰でもマナーよく接していけます。
嫌いな人と接するときには、マナーよくしておけば、
それ以上の関わり合い持つ必要はありません。
嫌いな人とマナーよく接することによって、
あなたの心の中にしこりを残さないことです。
マナーは好きな人とではなく、
嫌いな人と接する時に必要です。
嫌いな人と接するときは、
マナーをよくしておくことで、
あなたも相手も「それ以上、この線をこえないでね」という境界を明確に
することか゛できます。
それによって相手も気持ちよくなるし、あなたもわずらわしさから解放されます。

8月28日「してほしいことを、してあげる」 (2009.08.28[Fri])

僕は、
不愉快な気持ちになりそうなことは、
できるだけ近づかないようにしています。
「人のために」というのは、
サービス精神の基本でする サービス精神を発揮すると、
結果としてあなたが楽しくなります。
あなたが「何かをしてほしい」と言っても、
してもらえません。
その逆はあります。
誰かにしてあげたことは、
必ずめくりめくって自分に返ってきます。
いきなり自分に求めるのではなく、
「してほしい」ことは「してあげる」のです。
人間関係やサービスにしてもそうです。
「どういうふうに言えば、相手は喜ぶのですか」と悩むのではなく、
自分が言われたことを言ってあげればいいだけです。
答えは自分の中に持ってます。
言われた言葉や、
前に言われて嬉しかった言葉をどんどん使うようにしましょう。
誰も自分に嬉しい言葉を言ってくれないのは、
あなたが言ってないからなのです。

8月27日「自分が頑張れば、誰か別の一人も頑張る」 (2009.08.27[Thu])

自分一人が頑張れば、
必ず誰か別の一人も頑張れるようになります。
頑張っているエネルギーは、
決してなくなりません。
気がつかないところで、
誰か一人が頑張るようになるのです。
誰かを頑張らせようと思って、
あなたが頑張る、という流れになるのです。
人を頑張らせることが目的ではありません。
あなたが頑張った結果として、
誰かが頑張るようになるのです。
仕事で頑張っているのに、
その結果、
誰一人頑張る人が出てこないのは、
まわりの人がだめなのではありません。
それはあなた自身の頑張りが足りないのです。

8月26日「尊敬の念でつながる人間関係は切れない」 (2009.08.26[Wed])

人間関係で一番大切なことは「長く続ける」ことです。
付き合いは、濃くても薄くてもかまいません。
どんなに濃い付き合いでも、
短期間で終わってしまえばね
味わいや潤いのない人間関係になります。
人間関係を長く続けるためには、
「尊敬の念」や「礼儀正しさ」が必要です。
サービスマンとお客様、保育士と保護者、上司と部下、同僚同士、先輩と後輩、
師匠と弟子など、
仕事における人間関係や夫婦や恋人同士の関係においても、
お互いが「尊敬の念」「礼儀正しさ」を持っていると長続きします。
メリット、利益、特典、建前という損得でつながっていると、
得のある時はよくても、
損になった瞬間に、
その関係はプッツリ切れます。
これは夫婦、恋人関係でも、情念だけの強さで付き合っていると、
必ずトラブルが起こったり、 飽きが来たり、「可愛さ余って憎さ百倍」ということが、
必ず起ります。
夫婦、恋人同士でも「尊敬の念」「礼儀正しさ」があると、
より長く続きます。
「尊敬の念」というのは、「感謝の念」であり、
お互い頑張っていると認め合う気持ちです。
尊敬の念を持つと、必ず「ありがたい」という感謝の念につながり、
自然と礼儀正しく接していけるようになります。
「尊敬」と「感謝」と「礼儀正しさという爽やかな人権感覚」の関係は、
永遠に途切れないのです。

8月25日「人のことをとやかく言ってるうちは自分の反省がない」 (2009.08.25[Tue])

他人のことをとやかく言ってる人、
批評批判している人の共通点はね
自分の反省はないということです。
自分の反省をしている人は謙虚になるので、
他人に「ああしろ、こうしろ」とは言わなくなります。
本人は、
悪口を言ったり、叱ったりしているつもりはありません。
その人のためによかれと思って言ってます。
悪気がないから自覚もありません。
でも、
人にとやかく言ってるうちは、
自分自身の反省ができません。
そんなことを言ってるヒマがあれば、
自分自身をいかに向上させるかを考えることです。
自分が本気で反省し始めると、
人に何か言ってる場合ではないことに気づきます。
人のことをとやかく言ってる人は、
実は言っている本人の成長がその瞬間にとまっています。
聞かれたら教えてあげればいいんです。
それまでは黙っていることです。
誰かの欠点が目に付いたら、
それを指摘したい気持ちはよくわかります。
しかし、
それを抑えて、すべては自分自身の問題と受け止めて、
反省できる人が念仏者です。

8月24日「能力の差は10倍まで、意識の差は100倍以上」 (2009.08.24[Mon])

職業スキルは、いわゆる「能力」です。
「できる人」と「できない人」とで、
実は「能力の差」はそれほど大きなものはありません。
大きく開いているのは「意識の差」です。
能力の差はせいぜいあっても10倍までです。
でも意識は、100倍以上の差がつきます。
今、あなたに足りないのは、能力ではなく意識です。
意識の切り替え、シフトをすること。
能力はそんなに簡単に変えることはできません。
でも、意識は簡単に変えていけます。
男性はどうしても能力至上主義になりやすいので、
意識をなかなか変えられません。
女性は、意識を変えることで、
ある日突然生まれ変わったようになります。
男性も女性も【意識を変える】という発想を持つことです。
この「意識を変える」コツは、
「自分は明日死んでも後悔なく一日を過ごす」という気持ちを、
日々持ち続けることです。
「死」を意識すると意識は変わります。
「死」を意識していないうちは、
よほどでない限り意識は変わりません。
また仏法を聞く気も起きません。

8月22日「集中力をつける」 (2009.08.22[Sat])

今の子どもたちに一番足らないものが集中力だそうです。
根気がない。
何をやっても続かない。
スキルというのは、
純粋無垢に何かをやり続けた時間に比例しています。
とにかく同じ集中するなら、
逃げ道を残さず徹底して集中していかなくてはいけない環境、
仕事内容を求めることです。
その過程で、
実はイメージ化ができるようになっていきまする
イメージ化ができるようになると、
そのイメージ通りに仕事が形になっていきます。
集中力をつける。
イメージ力をアップさせる。
それを繰り返すことで、
短期間でスキルアップは驚くほど高まります。

8月21日「自分の判断基準は良心」 (2009.08.21[Fri])

私たちは生きている限り、
日々一瞬一瞬、何がしらの判断を迫られています。
しかし、迷います。
で、今後皆さんの判断基準は、
[良心に従い、
良いと思うことはすぐに行い、
悪いと思うことはすぐに中止する勇気ある行動くせをつけること」
にして下さい。
つまり「勇気」というキーワードは、
何かを判断し、
決定を下す連続線上に成り立っているわけですから、
その判断に誤りがあると正しく生きていることにはならないのです。
正しく、
そして楽しく生きていくためには、
その一瞬一瞬に正しい、
いのちが納得する楽しい判断が求められるということになります。
私たちがどういう行動を取るべきかを判断する基準は、
「良心に合致し」
「迷わず」
「納得でき」
「好きなこと」
で、
「他者に悪影響のない」ことは、
どんどん前向きにやることです。
そのためには「即時処理」が求められます。
しかしその一方で、
「良心に反すること」
「迷うこと」
「納得できないこと」
「いやなこと」
「他者から恨まれること」
は、やらないほうがいいということになります。
そして結局は勇気を出して、
「世のため、人のために」喜ばれることはどんどんやり、
逆はすぐにやめるということ。
まずは、
小さな「勇気」を持って判断し、
行動していきましょう。

8月20日「すぐやるとうまくいく」 (2009.08.20[Thu])

スピードは愛である。
何故ならば相手に不安ではなく安心を与えるからです。
日常生活でも、
仕事でも、
「ああ、やろうと思ってたんですが・・」 という人や、
そういう場合は必ず問題が起ってきます。
是非皆さんに意識してもらいたいのは、
「即時処理」
そして「その時、その場で、すぐやる」です。
とにかくためないこと これが相手に信頼や安心を与える大原則です。
どんどん仕事ややることを溜め込んでいくと、
どうしても「やっつけ仕事や処理」で終わってしまいます。
すぐにやると忘れない。
すぐにやると仕事がたまらない。
すぐにやると人が喜ぶ。
すぐにやると人は信頼し安心してくれる。
すぐにやると段取りを考えないですむ。
課題や問題は今解決しておかないと置き去りにされて大問題に発展していきます。
だからすぐやるのです。
すぐやらないは「百害あって一利なし」で困りものですが、
すぐやるとは「百利あって一害なし」です。
即時処理に勝る方法はありません。
難しい仕組みなんていらないんです。
シンプルな方法は「すぐやる」
「すぐ動く」
「すぐ連絡する」
「すぐ上司に報告して適切な指示を受けて行動し報告する」
何事も「即時処理」していきましょう。

8月19日「あたりまえと思ってる世界に興味を持とう」 (2009.08.19[Wed])

人間はいろんなものに生かされています。
太陽、
月、
自然、
空気、
水、
普段は、
そんなものって当たり前じゃないか、
と思っているものに興味を持つと、
当たり前に思っているものが、
いかに当たり前じゃないかって気づいてきます。
また、
目に見えない、
先祖のはたらきや、
自然の摂理のはたらき、
大宇宙の法則、
そういった目に見えない世界に興味を持っていくと、
すごく心が何かを感じだします。
また、
美しいものに興味を持って下さい。
どんどん感性が豊かになっていきますから。

8月18日「エゴに気づき、良心に従い、人が喜んでくれることをする」 (2009.08.18[Tue])

エゴに気づき、
自らの良心に従い、
とにかく人が喜んでくれることを意識して、
仕事をしていきましょう。
そうした生き方をするためには、
一人ひとりが各自のレベルに応じて、
執着しない、
人も自分も束縛しない、
できるだけ好き嫌いをなくす、
という努力をしていきましょう。
この三つから開放されていくと、
エゴから開放されていきます。
エゴから開放されると、
自然の流れに乗って、
スムーズに事が運んだり、
思わぬラッキーなことが起ってきます。

8月17日「自分はたいしもんじゃないと思うと楽に生きれる」 (2009.08.17[Mon])

自分が「たいしたもんだ」と思っているのに評価されなかったら、
人は落ち込みます。
またプライドを傷つけられたと思い込んで、すぐにへこみます。
逆に「あんたはたいしたもんだ。すごい」という賞賛を浴びると有頂天になります。
これらの感情は実は同じもので、
その根本にあるものは
「自分はたいしたもんだ」「ちゃんとやっている」という自惚れ、
逆に自己卑下からきます。
こういう人は謙虚さがありません。
自分は「たいしたものじゃない」と思うことが「謙虚」さであり、
感謝の気持ちを持っているということなのです。
すべては「仏様」「ご先祖」「友人」「知人」「家族」「自分の体」「師匠」 の
おかげさまの力によるものだと気づけば、
楽に生きていけるのです。

8月15日「死には二つの士がる」  (2009.08.15[Sat])

お釈迦様が死の床にあったとき、
嘆き悲しむ弟子たちに、
お釈迦様は「なぜ泣くのか」と叱り、
「私の死を悲しむということは、
私の肉体の存在に寄りかかっているということだ。
私の教えや真理、闇を歩くときの灯として生きていきなさい。
真理を支えとして生きなさい」
と言いました。
その後、
肉体のお釈迦様はこの世を去りましたが、
じゃあお釈迦様は死んでしまったのか。
そうではありません。
その存在や真理がはっきりと語り継がれて生き続けています。
親鸞聖人だってそうです。
お念仏の教えが語り継がれているということは、
生き続けておられるということです。
人は肉体の死は避けられません。
しかし、そのような語り継がれる「存在の死」は延ばすことができます。
金子大栄という方が、
「花びらは散っても、その花は散らない」と、
その人との思い出は私たちの心の中に永遠に行き続けるとおっしゃった。
そのためには、
この世に肉体を持って生きているときにも
いかに多くの人たちに「喜ばれる人になれるか」ということなのだと思います。

8月14日「こだわりを捨てて仏さんに任せる」 
(2009.08.14[Fri)

人間の潜在能力は、
「こうであらなければならない」
「こうあるべきだ」、
と思った瞬間に出てこなくなります。
けれども、
「そうならなくてもいい。でも、そうなるといいなぁ、でも、まっいいか、お任せします」
という軽い気持ちになると潜在的な力が開花するようになるようです。
全身の力を抜いて、
「もう好きにしてくれ」と流れに身を任せると水に浮かぶのと同じ原理です。
泳げない人が「沈みたくない。浮かばなければいけない」
と頑張ったり、
ジタバタすると、
力が入って、
体は水の中に沈んでいくものです。
ところが、 「まっいいか」と思うと、
その瞬間に余分な力が抜けて、
体が自然に浮いていきます。
「こうならなければならない」という強くて重い思い捨てたときに、
潜在能力が引き出せるのです。
人間が何かにこだわっているときは、
現実処理の脳波であるベーター波しか出てません。
一方、心が穏やかで満ち足りているとき、
さらに感謝をしている状態になれば アルファ波やシーター波を発して、
潜在能力を引き出すどころか、
大きな流れに乗っていけます。
しかし、
「こだわり」を持って何かに執着しだすと、
その力はまったく発揮できなくなるどころか、
執着のマイナスの波動がマイナスの現象引き寄せることになります。

8月13日「究極の喜びは進化」 (2009.08.13[Thu])

人間にとっての究極の喜びとは何でしょうか?
当然、仏さんの愛で満たされて安心の世界を生きれるということです。
そしてその上で、自分を進化させていくということです。
とにかく気の遠くなるような前の世から、
果てしない進化の先に、今のあなたは存在しています。
だから、
人間は、進化することが本能的に気持ちいいのです。
愉しいのです。
自らの限界の「壁」を乗り越えることに「快」を感じて幸せな気持ちになるのです。
仕事を通して自分が幸せになっていくためには、どうすればいいのでしょうか。
簡単なことです。
自分を日々進化させるような仕掛けを作ってあげればいいのです。
その仕掛けこそが「壁」です。
「壁」、それを乗り越えることで進化してきたのです。
ですから自分自身に毎日、
小さな壁を作ってあげればいい。
「壁」とは課題といってもいいです。
仕事は「壁」の連続です。「壁」のない仕事なんて仕事ではありません。
今日の小さな「壁」、
明日のもう少し大きな「壁」、
一ヶ月後のもっと大きな「壁」、
毎日それをクリアしていくことで、
一年後には、
最初には考えられなかったような高い「壁」もクリアできるようになります。
自信とは、
その「壁」をクリアした分だけ深まっていくものなのです。

8月12日「信じるということ」 (2009.08.12[Wed])

自分を信じられない人は頑張ることができないし、
他人を信じる事ができません。
自分を信じるということは自分の心の中には、
仏の心があるということを信じるということです。
人を信じるということも、
その人の心の奥底にはやはり自分と同じ仏の心があると信じることです。

自分やその人の仏の心を信じる事ができれば、
物事に対する自分自身の感じ方、
夢、希望、自分の内にある可能性を信じていけます。
それがあなたの人生を意味あるものにしていきます。
とにかく自分を信じる。
自分の心の奥底にある仏の心を信じ、
自分の内にある可能性すべてを信じる、
それが勇気です。

大人と子供の境目って何だと思います? それは勇気があるかどうかです。
実現できないかもしれない。
だけどそれでも自分を信じて前進していく勇気を持てるかどうかです。
僕自身も、
何度も自分を信じることによって難局を乗り越えてきました。
そんな経験を繰り返していくと、
当初は社会は地獄のように厳しいと思い込んでいたのが、
社会は可能性に満ち溢れていることに気づいていきます。

毎日、毎日、
一瞬、一瞬、
自分の夢、仏の心が願う夢に向かって、
実現可能かどうかわからないけど、
それでも勇気を出して努力を積み重ねていく。
これを仏教では不退転といいます。
決して退かないということです。
それが自分を信じるということであり、
それによって自信も育まれていくのでする
こういう人は、まずブレない。
周りから見ると余裕のある、
肝の据わった人に見えます。
そのために他人から信頼を得ます。
仕事にしても、 お寺にしても、 保育園にしても、
多くの人の共感と協力を得る必要があり、
他人から信頼されないと仏法が伝わるとか、
保育ができるとか、お客様に感謝されるとか、
それ以前の致命傷になります。
あなたが、
よりよい実りの結果を出せるかどうかは、
自分自身を信じ続け、
怠惰な心を鉈で前後裁断して、
すぐに良いと感じた事は行動に移し、
続けていくことです。
それ以外に、 人から共感や信頼を得ることはあり得ません。

自分を信じる人を他人は信じ、
自分を裏切る人は、他人を裏切り、他人からも裏切られていきます。

8月11日「仏の子としての自分を信じる」 (2009.08.11[Tue])

よく「あなたは仏の子なんだよ」と言うと、
みんなポカーンとしてしまいます。
そりゃあ、そうですよね。
学校や社会でそんなことって聞いたこともないし。
じゃあ、あなたが仏の子である証明をしましょうね。
夕日をみたら「きれだなあ」って思うでしょ。
人が頑張って自分以外の人のために生きる姿を見たら「感動」してしまうでしょ。
困ってる人がいたら何か「助けてあげたい」って思えるでしょ。
また、
何かよくわからないけど「心がじ〜ん」とすることってあるでしょ。
つい涙が出そうになって、ウッとくることも。
また理想を目指して頑張ってるときワクワクするってことも。
これって、
あなたがそうしようと思ってそうなったわけではないでしょ。
つまり、あなたの心にそうなれって思ってそうなったわけじゃないってことです。
つまり、
そういうのって自然と心の奥底からクグッと起こってくることばかりですよね。
これが仏の子の証明なのです。
あなたの心の奥底には、
普段では表に出てこない仏性という仏の子の心があってね、
それが「真実」「善(慈悲)」「美」という普遍的なもの、
時代が変わっても変わらないものに触れると、
ググッと目覚めわけです。
実は仏法を聞く、感じる、味わうって、
この仏の心、
仏性をどんどん敏感に大きくしていくってことなんです。
仏教保育にしても、
お寺でのお話にしても、
みんなそう。
この仏の心をどんどん育てていくってことなんです。
それを続けていけばどうなるかっていうかと、
もの凄く感性が鋭くなって、
感じやすくなって、
人にやさしくなれたり、
思いやりを持てたり、
勇気が出てきたり、
相手に何かを与えたいって思えるようになっていきます。
それも自然にネ。

8月10日「憧れと夢の関係」 (2009.08.10[Mon])

「こうなりたい」「あんなふうに仕事をしたい」「こんな場をつくりたい」等、
人はたくさんの立場や環境に憧れ、それを手に入れたいと願います。
だけど、それはなかなか難しい。立場や環境は、結果でしかないからです。
憧れを手に入れるためには、
まずその資質を身につけなければいけません。
資質といっても、
視点、観点、
つまり、物事や情報のとらえ方です。 なぜなら、
視点や観点が変われば、価値観が変わり、
価値観が変われば、考え方が変わり、
考え方が変われば、性格が変わり、
性格が変われば、行動か変わり、
行動が変われば、習慣が変わり、
習慣が変われば、人生が変わるからです。

テクニックやスキルばかり勉強しても、
それは習慣や行動の一部でしかありませんしね。
川上にある視点や観点を変えずに川下にある行動や習慣を変えようとしても、
それは苦痛でしかない。
現象の自分の視点が、もっと高い次元、憧れの人たちの視点にシフトチェンジしないかぎり、
憧れも現実も何も近寄ってはこないのです。

憧れを実現して偉人たちの視点を手にした自分を、
「理想の自分」といいます。理想の自分と現象の自分との視点の間には、
差があります。
この差のことを「夢」と言い、この差を埋めることを「夢に向かう」 とか
「夢をかなえる」といいます。
ただ憧れているだけでは何も変わりません。
憧れを進化させて始めて、
夢もかない、憧れも手に入るのです。
そのためには、感じたら即動くということです。

8月8日「二つの向上心」 (2009.08.08[Sat])

向上心には「本当の向上心」と「逃げの向上心」の二種類がありまする
前者は自分の変化を望み、後者は自分以外の人や環境の変化を望んで
何かをやっていく心の持ちようです。

本当の向上心を持つ人は、
現状と自分の理想の自分の差という「当たり前の現実」を、
しっかり受け止められる勇気を持っています。
だからその差を埋める努力、
つまり自分を変化させる努力をしていきます。

一方、
逃げの向上心の人は、自分が置かれている現在の環境が嫌だから、
状況が納得いかないから、
そしてそこから「逃れたいから」努力します。
ただそういう人は成果も形もあらわれてきません。
それは、自分の変化より、
他の人や環境の変化を望んでいて、
自分を変えようとしないからです。
逃げの向上心の人は、
「他人と過去は変えられない。
変えられるのは自分と未来だけ」
という当たり前の自然の摂理、
仏さんのお心に逆らってしまっているのです。

いくら挑戦しても、 たくさん学んでも、
自然の摂理には逆らえません。
こうして、本当の向上心をもっている人々は次々に努力が実を結び、
逃げの向上心の人は努力は報われません。
この差は、理不尽ではなくて、自然の当たり前の摂理が働いた結果しかないわけです。

逃げの向上心の人がこの真実に気づいて、
「そうかあ、人じゃない。自分が変化することだった」と深く気づいて行動を開始すれば、
自然の摂理はその人をクルッと応援しだいしますよ。

8月7日「縁起の法則に身を任せる」 (2009.08.07[Fri])

十二月八日の朝、菩提樹の下で瞑想に入ったお釈迦様が、
「わかった、私は悟った」と修行していた五人の仲間に語ったのが、
「縁起の法則」です。
それは、自分の人生をつくっているのは、
自分の思いではない。
自分以外の神仏、友人、知人、家族、師匠というものが、
人生を成り立たせてくださっている。
たとえば、
コップに入っている水を飲むとき、
それは自分の「思い」がそうさせているような気がします。
ただ、コップをつくったのは明らかに自分自身ではない。
ガラスをつくり、
コップを製造した人がいなければ、
自分が水を飲むことができない。
水は自然のものであり、
自分の意思でつくることはできないからです。
だとしたら、
僕たちは人生を成り立たせてくれている神仏、
友人、知人、家族、師匠に対して、
ひたすら感謝するしかありません。
自分の人生に参加する方法は、
そうやって感謝する以外にない、
そう思います。

8月6日「思いが重いと苦しく、思いが軽いと楽」 (2009.08.06[Thu])

思いに執着するな、というのが仏の教えです。
「思い通りにしたい」という執着から苦が生まれるからです。
人間は思いが軽くなった瞬間に、
悩み、苦しみ、苦悩、辛さがなくなります。
思いが重いほど、
悩み、苦しみ、苦悩、辛さは増していきます。
まず、あなたの「思い」をゆるやかに軽くしていくことです。
自分の中に「これが好き」とか「これが嫌い」というものが強くあると、
目の前の現象をすべて「好き嫌い」でとらえます。
自分の「こうあらねばならない」「こうあるべきだ」「こうするべきだ」
という強い思いは重いのです。
もっと思いを軽くもって、
「こうなってもいいし、ならなくても、まっいいか」くらいで丁度いい。
それよりも目の前に起こってくる流れに身を任せることです。
そうするとまったく予想外の人生が広がっていきます。
「思いが重いと苦しみ、思いが軽いと楽」
この法則を忘れずに。

8月5日「その人がこれを幸せと思ったとき、それがその人にとっての
幸せとなる」
 (2009.08.05[Wed])

箸を見たら、みんな「これは箸だ」と言います。
車を見れば、みんな「これは車だ」と言います。
しかし、
誰が見ても「これが幸せだ」というものが、この世に存在するのでしょうか。
たとえばAさんは「幸せだ」と思っても、
Bさんは「幸せじゃない」と思うかもしれない。
絶対的な「幸せ」なんてこの世に存在していないのです。
そうではなく、
あなたが「幸せだ」と思った瞬間、
そう思わせたことが「幸せなこと」になるということです。
つまり、
「幸せ」という現象は、
ひとえにあなたにのみ帰属するものであって、
他人が決めることはできないのです。
そしてその「幸せ」は、
つかむものでも、
なるものでもありません。
「幸せ」は感じた人のみ、
そこに存在します。
感じた人のみ「幸せ」が生まれる、
そういう構造になっています。
また、
「幸せ」という現象を求めている間は、
「幸せ」を感じることはできないというのも「幸せ」の構造です。

8月4日「人生はオセロゲームのようなもの」 (2009.08.04[Tue])

オセロゲームって知ってますよね。
タテでもヨコでもナナメでも、
白と白で両端を挟んだら、
間に存在している黒のコマはすべてひっくり返って白になるというやつです。
最終的に盤面に白黒どちらかの石の多いほうが勝ちです。
たったいま「白を黒に」裏返して「やったあ」と喜んでいても、
すぐに「黒を白」にひっくり返されてしまうこともあります。
「幸」と「不幸」は、このオセロゲームとよく似ています。
「自分は不幸だ」と思ったら、過去の事は全部不幸になります。
「自分は幸せだ」と思ったら、過去の事は全部幸せになります。
仏法を学んでいると、
世の中には幸せも不幸もないということがわかってきます。
ありのままの事実があるだけ。
その事実を自分がどう受け取るのか。
そのときは物凄くショックなことでも、
物凄く嫌だったことでも、
そのお陰で仏さんのお心に出遇えたとしたら、
そのことは物凄くラッキーなことだったのです。
それぐらいのことがないと、
絶対に仏さんの方向に気は向かなかったからです。
つまり、
私の気分が一つの現象を幸せにも、
不幸にもしてしまっているということ、
このことは忘れないで下さい。

8月3日「笑うかどには福来る」 (2009.08.03[Mon])

人の老化には「老化物質」が影響しているようです。
眉間にシワを寄せると、
その下を通っている神経が刺激されて、
老化物質がどばっと出てくるらしい。
ということは、
イライラしたり、
不満そうな表情ばかりする人は、
いつも眉間にシワが寄っていて、
その度に老化物質が分泌されるので、何倍も老化が進むらしい。
これを止めるには、
頬骨の下を通っている神経を刺激するしかないんだそうです。
それは簡単で、ただニッコリ笑えばいい。
そのたびに頬の筋肉が神経を刺激し、
老化物質の分泌は止まります。
だから、
「口元にいつも微笑みをたたえている人」は決まって若々しい顔をしています。
もし自分が不快な表情をしたと思ったら、
すぐに切りかえて笑顔をつくりましょう。
「笑う」ということには、
がん細胞をやっつけるナチュラルキラー細胞を活性化する効果もあります。
だから、
あらゆることを喜びに感じ、
感謝の気持ちを持ち続け、
笑顔を絶やさない人ほど、
若々しいのです。

8月1日「すべて起こってることは中立」 (2009.08.01[Sat])

この世の中で起こっていることはすべて中立で、
「いいこと」も「悪いことも」実はありません。
あるのはその人の解釈、受け取り方の違いです。
起こったことを肯定的に評価したり、
それを教訓や深い気づきととらえ、
起きた現象に対して感謝の気持ちを持つことができます。
逆に、起きたことを否定的にとらえていく人は、
「つまらない」「不愉快だ」「くやしい」「かなしい」「つらい」「頭に来た」
「なんで自分だけが」「こんなことがあっていいわけはない」
と批判の感情にとらわれてしまうのです。
その状態が継続的になると、
「恨む」「憎む」「そねむ」「ねたむ」「失望する」
など人や社会に憎悪を向けていくようになります。
その結果、
何一つ事態はいい方向になんて向いません。
たとえば、
いくら自分が思っても、
相手がそれに応えてくれないと嘆いているとしましょう。
しかし、いくら相手に不満を抱いても何も変わりません。
「自分はその人を思っている。その人が幸せになってくれるなら、自分はどうでもいい」
と相手中心の思いに移行したとき、
背中を向けて離れようとしていた人が急にこっちにを向き、
近寄ってくることもあるのです。


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