2011年3月の日記

3月31日「守られて生きている」vol.3030 
(2011.3.31[Thu])

自分自身は気づいないかもしれませんが、
誰だって守られて生きてます。

仏さんが、そしてご先祖さんたちがあなたを守っています。
仏さんや、ご先祖さんたちが一番喜ぶのが
いま生きている人に親切に優しくすることです。

両親が今、生きていれば、一番身近な先祖である両親を大切にしましょう。
あなたは決して一人で生きてこれたわけではないんです。
両親に自分を生んでくれたこと、育ててくれたこと、
教育してくれたことに感謝しましょう。
できれば両親が生きているうちに精一杯、親孝行しましょう。
この時世ですから、いつ何時で会えなくなるかもしれません。

両親に親孝行するあなたの姿を誰が一番喜んでくれるのか。
それはあなたを見守ってる先祖の人たちです。
いつもあなたの行いをちゃんと見ているので、
向こう側の世界からより一層、あなたを精一杯助けようとしてくれます。

そんなことを何度も何度も体験してきて、分かったことです。

3月30日「良心に従って勇気を出して行動したら感動する」vol.3029 
(2011.3.30[Wed])

震災関係のツィッターに投稿した多くの人たちの
内容を読むために感動します。

なぜ感動するかというと
良心に従って勇気を出して行動しているからです。

行動しないと感動もどき。
勇気を出して行動すると感動が起こってくる。

感動の輪を広めたいね。

3月29日「お互いが助け合う」vol.3028 
(2011.3.29[Tue])

それは、お互いに助け合うために人間は存在しているということです。

非難し合ったり、傷つけ合ったりするためじゃない。
この大切な真理に気づかずに、亡くなってしまう人もいます。

最近、「自分が死ぬ」ということについて深く考え続けています。
「もし自分が津波にのみ込まれるとしたら」どんな感覚なんだろうか?

「絶叫してしまうんだろうか?」それとも「安らかに逝くんだろうか?」
「死んでいくとき自分の人生に後悔は残らないんだろうか?」

「心から面白かった、幸せだったって思えるんだろうか?」
「今回生まれてきた目的は、宿題はクリアできたんだろうか?」

とにかくいろんなことを考えます。
実際にそうなってみないとさっぱり分かりません。

ただ、分かっていることは、今回の人生で学べなかったことは、
何回も生まれてきては、また新たな体験を通して真理を学び続けるということ。

いつ死んでいくかわからないわが身です。
周りの人、縁のある人を大切にしないといけないなあ・・、
助け合わないとって思います。

自分自身が後悔しないようにね。

3月28日「僕たちは大きな愛の中で生かされている」vol.3027 
(2011.3.28[Mon])

人は誰でも、
宇宙の大きな愛の中で生かされているんですよ。
でも、なかなかそのことに気づけませんよね。
それは、
魚が水の中に住んでいるのを気づかないで泳いでいるようなものなんです。

愛とは一体何なのでしょうか?
愛をエネルギーだと考えてみたらどうかな。
愛はエネルギー、エネルギーは目に見えません。
でも確実に存在します。

僕は目に見える宇宙、目に見えない宇宙、
そのすべての宇宙そのものが愛のエネルギーと考えれば、
愛はどこにもあるということになります。

何故、宇宙飛行士たちの多くが宣教師になったりするのか?
宇宙にぽっかり浮かんでる地球の姿の
あまりの美しさにとっても感動し、
大きな愛のエネルギーを感じたからです。
そして地球上にいるすべてのいのちは
みんな愛のエネルギーの中にいかされていると直感的に
悟ったからです。

愛のエネルギーとはまるで空気のようなもので、
水中を泳ぐ魚が水を意識しないのと同じように、
人間もまた、宇宙の愛のエネルギーの中にいながら、
そのことに無意識にいるのです。

この宇宙は、
すべてのことが最善の流れで運ぶように取り計らってくれています。
だから人間は、安心してゆったりと、ジタバタせずに、
この宇宙に身を任せ、ゆだねて生きていけば一番幸せなのです。
無理をして頑張らなくてもいいし、
物事がうまくいかないと自分を責めなくていい。

すべては愛の中にあり、
すべては愛の普遍的法則の中で
完璧に良くなるように運ばれているのですから。
だから任せていけばいい。なるようになりますから。

3月27日「短い命、長い命」vol.3026 
(2011.3.27[Sun])

僕は多くの人の葬儀を務めてきました。
赤ちゃんの死、
若い人の事故死、
夫の突然死、
100歳を越えた長命の死。
さまざまな死に立ち会ってきました。

では、
長命の人の死は幸せで、
子どもや、
短命の人の死は不幸と呼べるものだったのでしょうか ?

子どもに先立たれた親は、
かつて経験したことのないほどの悲しみと、
奈良の底に突き落とされたような辛さを味わいます。
こういう場合は、
どんな言葉かけも親にとっては
虚しく通り過ぎていきます。

「自分が変わってやりたかった」
「なぜ、この子がこんな目にあわなければならないのか」
身を切り刻むような思いが、
さらに悲しみを増していきます。

僕も逆の立場だったら、
その親とまったく同じ感情を抱くでしょう。

子どもは無我です。
本当のところは死んだそのこどものいのちも
大きな愛のいのちの世界に安心して還っているのです。

僕たちは死から命の大切さ、
愛の尊さなど、
いろんなことを学んでいるのです。
亡くなった子供が、
自分たちの人生に登場してくれたことに意味を見出し、
子どものいのちは、
確かに今生を生き抜いた尊いものであったと
親が革新するようになれば、
子どもの短い人生は光輝くものとなるはずです。

人の死、特に肉親の死に出会うことによって、
僕たちは、観念的ではなく、
心の深い部分で、人生の本当の意味、
生きるということの意味を
知る大きな縁になるのではないでしょうか。

それは同時に、
今を生きることの大切さをも目覚めさせてくれます。
死は僕たちにとても大切なものを与えてくれているのです。

3月25日「人生のシナリオ」vol.3025 
(2011.3.25[Fri])

僕はそれぞれの人にはそれぞれの人生のシナリオがあると思っています。
歌手や芸能人になる人、警察官になる人、会社員になる人、商売をする人、
お坊さんになる人・・。そのようになるために生まれてきたのだと思うのです。

自分にもっともふさわしい人生を送りましょう。
それが幸せになることです。

人から見れば波乱万丈の人生を生きる人、世界的に有名になる人、平凡で穏やかな
人生を送る人、事故にあったり病気になって生きていく人、その誰もがその人の
シナリオ通りの生き方をしているのではないかと思います。

であるならば、自分の人生を大きな流れに身を任せていきましょう。
何があってもジタバタせずに受け入れていきましょう。
すべてはシナリオ通りに運ばれていってるのですから。

 傍目には突然に思える死に方をする人もいっぱいいます。ただ僕はこの世での
目的を果たした時に人は死ぬのではないかと思っています。

人性の半ばで惜しまれながら亡くなり、周りの人に何か大切なことを教える目的を
果たすこともあるでしょう。今回震災で亡くなった人たちは、
まさにそうなのではないでしょうか。

全世界、全国の多くの人たちの人間としての本質、善意が蘇っているのは事実なのですから。

3月24日「人はいつ死ぬのか」vol.3024 
(2011.3.24[Thu])

人は皆、死ぬときには死にます。
ただ、自分ではそれを知らないだけだと思います。

人がどれだけ生きるかは、偶然ではなく、どこかで決まっているように
思えてなりません。そして、人はそのことをどこかで知っているような感じがします。

だから寿命という言葉があるのだと思います。
寿命とは宇宙から与えられた命の長さです。
「死」イコール「終わり」だと思う人はメチャクチャ死が恐いです。
自分が消えてしまうって考えれば、そりゃあ恐いですよ。

でも、それは間違いです。
この三月は「卒園式」に「卒業式」が各地でいっぱい行われます。

「死」はこの世からの「卒業」です。
「死」は新たなあの世での始まりです。

だからそんなに恐れるものではないのです。

3月23日「人間は永遠のいのちの存在」vol.3023 
(2011.3.23[Wed])

僕もあなたの「いのち」も実は生まれ変わり死に変わり永遠に存在し続けてます。

例えば僕は今の人生は「中田輝道」という存在ですが、以前は別の人生を与えられていました。だからたとえ今この肉体が消滅しても人は何度も何度も生まれ変わっては、いろんな経験を積んできてます。

そして生まれ変わった人生を通して、人を愛すること、人を生かすこと、人を許すことを学んでいきます。

こう考えれば「死とは終わり」ではなく、「いのち」の一つの経験だと考えることが分かります。
だから大丈夫。死ぬって肉体から抜けて新しいあの世の「いのち」を生きるということなんです。そして新たな経験を求めてまたこの世に生まれ、縁のあった人たちとまた様々な舞台を用意して前回とは違った経験を積んでいきます。
死んでも僕やあなたは消えてなくなりはしません。あの世に持って還れるのは、僕やあなたがこの世での経験しかありません。

だから、いっぱい「ワクワク」「感動」したような経験をあの世に持ってかえたほうが、生まれてきたかいがあるってことですね。

3月22日「死んでもおしまいじゃない」vol.3022 
(2011.3.22[Tue])

しっかり自分の「死」について考えてみました?
祖父の「死」を通して「死」がムチャクチャ恐くなった。
それから少しばかり「死」のことは忘れていましたが、大学の時に同級生がバイクの事故で亡くなってまたまた「死ぬ」ということがムチャクチャ恐くなりました。

大人になって、「死」についていろんなことを勉強したり、また死に対していろいろな体験をしたり。
そんなことを繰り返しながら、この歳になって分かったことは、「死んだらすべてが終わる」じゃなく、「死んだらまた新たないのちが始まる」ということだった。

死ぬことで体、肉体は焼かれて無くなってしまいます。でも、あなたも僕も終わらないんです。今、この肉体が無くなっても、あなたも僕の「いのち」は消滅する事はないのです。
本当の自分、つまり、あなたや僕の「いのち」はこの世だけを生きる存在ではなかった。ずっと以前にも別の肉体の中に住んでいたことがあったんです。そして、死んで生まれ変わって、死んで生まれ変わって、再びオリジナルな人生を生きてきたんですよ。

3月21日「死んだらおしまい?」vol.3021 
(2011.3.21[Mon])

僕が一番死について考えたのは祖父が亡くなった小3の時です。
とても可愛がってくれていた祖父の葬式を終えて、物凄く「死」が恐くなりました。リアルだったんでしょうね、特に身近な祖父の死が。
そして当分の間、「死んだらどうなるんじゃろう?」という不安と好奇心がいつも頭の中をクルクル回ってました。

あなたは今「死」について、どんな感情を持ってます?

僕も死ぬし、あなたも必ず死んでいきます。目を閉じて「死ぬ」ということを考えただけでちょっと恐いよね。
でも、誰もが生まれた時から死に向かって進んでることは確かですね。
今回の震災で亡くなった人は、80歳の人もいれば、生まれたばかりの赤ちゃんもいました。でも、震災に遭わなくても、老若男女を問わず死の縁があれば必ず人は死んでゆきます。
そして、肉体はなくなります。時間は確実に死に向かって流れているのですから、そのときが来るのを誰一人止めることはできません。
では、「死」とは、一体どういうことなのか?
これから天変地異が日本列島で頻繁に起こると言われてます。
この時期、「死」についてちょっと立ち止まって真剣に考えてみましょうよ。

3月19日「幸になるんじゃないよ 今幸であるんだよ」vol.3020 
(2011.3.19[Sat])


3月18日「天職発送を持って頑張れば、必ずプロになれる」vol.3019 
(2011.3.18[Fri])


3月17日「「働く」とは「はたを楽にする」こと。」vol.3018 
(2011.3.17[Thu])


3月16日「能力の差よりいかに本気で働くかが成長するポイント」vol.3017 
(2011.3.16[Wed])


3月15日「何かをする時ははっきりしたイメージを持って「そうなる」という確信を持つ」vol.3016 
(2011.3.15[Tue])


3月14日「思いは実現していきます。与えるものは受け取るものまず与えよう」vol.3015 
(2011.3.14[Mon])


3月12日「前向きに生きている人は、表情が違う」vol.3014 
(2011.3.12[Sat])


3月11日「人の能力ってほとんど差がない。あるとしたらやる気と時間の差」vol.3013 
(2011.3.11[Fri])


3月10日「不平、不満、悪口を言っても、誰も幸せになれない」vol.3012 
(2011.3.10[Thu])


3月9日「仕事は苦しみを含めて楽しみに変えられた時に、ようやく自分の本当の力が発揮される」vol.3011 
(2011.3.9[Wed])


3月8日「毎日がワクワクするような人生を生きたければ、まず努力するクセをつける」vol.3010 
(2011.3.8[Tue])


3月7日「誰かのためにがんばろうと思った瞬間から、本気のスイッチが入る」vol.3009 
(2011.3.7[Mon])


3月5日「ないを嘆くより、あるを感謝する」vol.3008 
(2011.3.5[Sat])


3月4日「豊かさとは物からではなく、感謝する心からおこってくる」vol.3007 
(2011.3.4[Fri])


3月3日「一つ一つ成長して一つ一つ幸せになっていく」vol.3006 
(2011.3.3[Thu])


3月2日「自分に起こることは蒔いた種の刈り取り」vol.3005 
(2011.3.2[Wed])

仏教で因果応報という言葉があります。
これは良い種まきをすれば良い実が成り、
悪い種まきをすれば悪い実が成るという、
ごく自然の法則のことを言ってます。
自分に起きるすべての事柄は、そのように、
自分は忘れていても、覚えていなくても、
自分が蒔いた種が原因で起こってきます。
一見、嫌なことでも、嬉しい事でもそうです。
嫌なことが起こっても、それを嫌がらずに、
「ああ、こんなことを言ったりやったりしたんだ」
って反省し、すぐに「教えてもらってありがとう」
と感謝すれば悪い実は消えていきます。
そして「もうそんなことは言うまい、やるまい」
と決めれば、良い種をまきながらさらに成長して
いくことができます。
そっちのほうが全然いいと思いますよ。

3月1日「良い行動グセ」vol.3004 
(2011.3.1[Tue])

日常を当たり前のように生活して生きていると、
日常の有難さをどうしても忘れてしまう。
ただちっと思い出してみると、当たり前と思ってる
ことは実は当たり前じゃないってこと。
生きてるのではなく生かされているのであって、
どんなに頑張って生きようとしても明日の命の
保証されている人っていないことに気づきます。
日々の暮らしや仕事が出来ることに感謝し、
「明日自分は生きてる保証はない」って死生観を
持つことで「明日のことは今日やっておこう」
という気にもなります。
すると感じたら即動くという良い行動グセが
身についてきますよ。
身につかないって人は、多分は自分は死ぬことは
ないってたかをくくっている人です。
まずはいつ死んでも後悔しない生き方を。


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