(中村元訳)
そのように善いことをしてこの世からあの世に行った人を
善業が迎え受ける。親族が愛する人が帰って来たのを迎え
受けるように。(原始仏典 ダンマパダ16章-220番)
自分の過去の行為が、まるで人格を帯びたように待ち構えて
いると釈尊はこの項で仰っています。生前に懸命に家族や他
の人たちに愛情や思いやりを向けた人は、死後には愛情や思
いやりを受ける体験をします。他人を虐めたならば、死後は
その相手の立場を自分のいのちが追体験します。つまり、
すべてが自動的に反射する世界が死後にはあるのです。
実はこれこそは、チベット密教では「バルドォ」「NHKドキ
ュメンタリースペシャルチベットの死者の書で放送」と呼ば
れます。死後の49日間の様相のことなのです。この世で自分
がした行為のすべてが、あの世では映像付きで再現されます。
要するに全ての人間は、今に生きながらと同時に、アノ世で
の自分の生活も既に並行して創造している最中なのが真相だ
と釈尊は仰っています。
この真理を素直に信じられますと、思い出しますと、この世
他人を騙したり、傷つけたり、悪口や批判したり、差別した
利。神仏に祈願や祈祷ばかりしていたことが、本当にダメな
ことであることがよく分かります。他人を犠牲にしてでも、
楽な道や逃げ道ばかりを、自身のメリットばかりを追求して
いたことが恥ずかしくなり怖くもなります。
本当のことを知れば知るほど、実に生きるということはシンプ
ルが最善であると分かってきます。そして、昔は悪いことをし
ていたとしても、今から悪いことしなければよいだけです。
自分の良心に沿って素直に生きれば良いだけなのです。
過去の過ちを思い出せば、素直に深く反省し、良心に従って
上書き修正の生き方をすれば大丈夫なのです。良心、仏さまと
共に生きる限り、どんな過去でも上書き修正がされていきます。
「チベットの死者の書 バルドゥ」では、自分の悪行の再生映
像を観た後に、その後の自分の人生も見ていきます。そして、この
世の行動すべての総決算の結果、良心に従って自らの行くべき世界
へと進んで行きます。だからこそ今の生活が最重要なのです。
日々、上書き修正も、新たな創造も、あの世での状態も創っている
最中が今なのです。
私たちはコノ世では、先が分からないように目隠しをされていますが、
ここまで法則が貫徹されて管理されているのですから、やるだけやっ
たら、後は一番の理解者である仏さまにお任せで大安心なのです。
〇14日(土)に雨で流れた「認定こども園運動会」が今日開催されます。
理事長である私の祝電と会社からの祝電を二通送っています。
みんな頑張って!千葉からみんなで応援しとるけん!!
今日もより良く生きる智慧を与えて頂いて有難うございます。
皆さんの仕合せを心より念じております。
【柔訳 釈尊の言葉第一巻】著:谷川太一より一部抜粋転載
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日本人の道徳心
「今日を大切に」
人間は自分がやりたいもの、
あるいは、やり遂げるべきもの、
あれもやりたい、これもやりたいというものを
一挙に目の前に置くけれども、
人間の力は限られているから、
一時に一つしかできない。
だから、常に元気に働くためには、
今日のことは今日だけしかできないという、
そういう習慣でなければいけない。
そして、明日にはまた明日のことをやるよりしょうがない。
膨大な計画ばかりを眺めているとあせるばかりで
どうにもならないが、
今日は今日のことしかできないのだと
初めから悟っておかなければいけない。
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今日の諺 「一家相伝(いっかそうでん)」
【意味】
その家で、特別な技術や学問、
芸事などを、代々ひきついで伝えていくこと。
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