「水のように生きるということ」

上善如水

上善如水

12/27(土)良心は重さとして現れる

更新日:

良心は、

声として耳から聞こえるものではない。

叱るわけでも、導くわけでもない。

 

ただ、

行いの前後で、

胸の奥に「重さや違和感」か「軽さや安心」として現れる。

それだけだ。

何かを選んだあと、

理由は正しいはずなのに、

どこか胸が重いことがある。

反対に、

損をしたように見えても、

不思議と心が軽くなることもある。

この重さと軽さこそが、良心の働きだ。

 

良心は、

自分が作り出した基準ではない。

両親が生きてきた姿、

先祖が積み重ねてきた生き方、

そして仏さんの働きが、

一つになって現れているものだ。

 

だから良心は、

時代が変わっても、

立場が変わっても、

ほとんど変わらない。

 

人を傷つけたとき、

自分を偽ったとき、

責任を人に預けたとき、

心は必ず重くなる。

 

反対に、

目立たなくても、

誰にも評価されなくても、

誠実であったとき、

心は静かに軽くなる。

 

 

仏さんは、

遠くで見ている存在ではない。

良心として、

今この瞬間の重さと軽さで、

是非を教えている。

 

だから修行とは、

特別なことを積み上げることではない。

日々の選択の中で、

胸の奥の重さを確かめ、

軽い方へ軽い方へ、

気持か良い方へと戻り続けることだ。

 

もし迷ったときは、

頭で正しさを探す必要はない。

ただ、

自分の内側が重いか、軽いかを観ればよい。

 

その軽さの中に、

両親があり、

先祖があり、

仏さんがある。

 

良心とは、

そのすべてが一つになった、

静かな重さと軽さなのだから。

 

-上善如水

Copyright© 上善如水 , 2026 All Rights Reserved Powered by STINGER.