
京都の興英くんから、
手紙とお菓子が届いた。
封を開けると、岡崎のおばんざいとお蕎麦の店「だる満」が、
二年越しでようやく売れたという知らせが添えられていた。
胸の奥で、静かに何かがほどけた。
思い返せば、あの場所で過ごした時間は、
「働いていた」という感覚よりも、ただ同じ場を、
同じ呼吸で生きていたという記憶として残っている。
おきちゃん、法子さん、伸ちゃん、みさちゃん、まりちゃん。
廣瀬のお母さん、西村さん、丸山さん、こにやん、林さん、
北村さん、けいこちゃん。ご両親、そして私。
笑い声が絶えず、湯気が立ちのぼり、
繁忙期には特大海老天丼やおばんざいバイキングが
飛ぶように売れた。
二十分待ちは当たり前、
長いときには一時間。観光客の列が数珠なりになり、
それでも誰ひとり不機嫌にならなかった。
忙しさの中に、確かな喜びがあった。
一方で、
閑散期の「だる満」には、京の秋が静かに流れていた。
その空気の中で流れていた東儀秀樹の音楽は、
どこか物悲しく、けれど今思えば、あれは別れの音ではない。
役目を終えたあとの、深い静けさの音だったのだと思う。
全国から人が集まった「だる満」という場を手放し、
新しい田舎の地へ。
ご両親を近くに迎え、好きな音楽を続けながら、
次の暮らしへと移っていく。
水が低きに流れるように、抗わず、無理をせず。
だからこちらも、自然とほっとする。
上善は水のごとし。
水は、役目を終えれば、
ただ次の器へと静かに移るだけだ。
振り返れば、
あの「だる満」での体験がなければ、今の私はいない。
人生の芯に刻まれるほど濃く、深く、三つも四つも重なる
学びと出会いを、あの場所でもらった。

ありがとう、だる満。
あの時間は、今も私の中で、静かに流れ続けている。