「水のように生きるということ」

上善如水

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2/17(火)「老子第三章・無為自然の道とは」

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老子第三章・私訳「無為自然の道とは」

X用

老子は語ります。
「賢を尚ばざれば、民争わず。」

人が争うのは、能力の差よりも、
“比べさせる仕組み”があるからです。

成功だけを称え、
希少なものを持つ人をもてはやし、
欲望を刺激し続ければ、
心は自然と乱れてしまいます。

だからこそ大切なのは、
他人を見て慌てないこと。

そして、日々こう問いかけます。

① 今、私は煽られていないか。
② その欲は本当に必要か。
③ 心は静かで、身体は整っているか。

外の世界を変える前に、
まず内側を整えること。

慌てない人が、
最後にいちばん遠くまで進みます。

それが、老子が示した「無為の道」なのです。

合掌

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう

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「老子第三章・無為自然の道とは」

ブログ用(朝の法話)

老子『道徳経』第三章が語ること

第三章は、いわば**「社会を乱す根っこは何か」**を、

あえて逆説的に言い切る章です。

老子は人間の心をとても現実的に見ています。

人は放っておくと悪くなる、と言いたいのではありません。むしろ、

「人は環境によって、争いも盗みも欲望の混乱も生まれてしまう」

という、人間理解の鋭さがここにあります。

  1. 「賢い人を持ち上げすぎる」と、なぜ争いが増えるのか

原文の冒頭はこうです。

不尚賢、使民不爭
(賢を尚ばざれば、民をして争わしめず)

これは「優秀な人を採用するな」という話ではなく、より本質的には

賢さ”や“肩書き”を、社会が過剰に崇拝するとどうなるか

という警告です。

人は「尊敬」そのものよりも、「序列」が可視化されたときに心が乱れやすくなります。

試験、資格、学歴、称号——それらが悪いのではありません。問題は、

それが人間の価値のすべてのように扱われるときです。

そうなると、社会は「育てる場」ではなく「勝ち残る場」に変わります。

そして勝ち残りの空気が濃くなるほど、人は次第にこう考え始めます。

  • “自分は負けてはいけない”
  • “相手より上にいなければならない”
  • “評価されるためなら無理をしてもいい”

この心理の連鎖が、争い・嫉妬・足の引っ張り合いを生みます。

老子が言う「争い」とは、腕力の争いだけではなく、心の中の競争状態そのものなのです。

  1. 「珍しいもの」を貴ぶほど、盗みは増える

次に老子はこう続けます。

不貴難得之貨、使民不爲盗
(得難き貨を貴ばざれば、民をして盗みを為さしめず)

これはとても鋭い社会観です。
「盗みをする人が悪い」という道徳説教ではありません。

老子は、盗みの背景にあるものを見ています。
それは**“手に入れた者が勝ち”という価値観**です。

珍しいもの・高価なもの・話題のものが過剰に称賛されると、
人々の心には次のような焦りが生まれます。

  • “持っていない自分は価値が低いのではないか”
  • “早く手に入れなければ置いていかれる”
  • “どんな手段でも手に入れたい”

すると、盗みや詐欺は「例外的な悪」ではなく、
社会が生み出した誘惑の副産物になってしまいます。

読者の方にとって大切な気づきはここです。
「自分の心が弱いから欲しくなる」のではなく、
欲しくさせる仕組みが、日常の中に織り込まれているということです。

  1. 欲望を刺激する情報が、心を乱す

第三の要点はここです。

不見可欲、使民心不亂
(欲すべきものを見せざれば、民の心乱れず)

あなたが「マスコミや報道」と結びつけたのは、非常に現代的で説得力があります。
老子の言う「見せる」とは、単に視覚情報のことだけではなく、
人の欲を“点火”する刺激全般です。

私たちは、欲望を持つ生き物です。
しかし欲望は、静かに生まれるときもあれば、外から煽られて膨らむときもあります。

外から煽られる欲望は、次の特徴を持ちます。

  • 終わりがありません(満たしても次が出てきます)
  • 比較を生みます(他人の方が上に見えます)
  • 焦りを生みます(いま動かなければ、という気分になります)

そして焦りが心を乱し、判断を荒くします。
老子が怖れているのは、ここです。
心が乱れた社会は、間違った指導者に導かれやすいのです。

  1. 聖人の政治とは「人を煽らない」こと

老子は「聖人(真に道を知る人)」の統治をこう描きます。

虚其心、實其腹、弱其志、強其骨
(その心を虚しくし、その腹を実たし、その志を弱くし、その骨を強くす)

ここには、驚くほど実務的な統治論があります。

  • 心を空にする:余計な煽り・雑念を減らす
  • 腹を満たす:生活を安定させる
  • 志を弱くする:過剰な野心・見栄・競争を鎮める
  • 骨を強くする:身体・基盤・粘り強さを育てる

つまり聖人は、人を「賢くする」より先に、
落ち着かせ、整え、持続できる状態にするのです。

あなたが書かれた「健康を重視し、ムダな競争を止める」という解釈は、

まさにここに響いています。

  1. 「無知無欲」とは、愚かにさせることではありません

原文には誤解されやすい一節があります。

常使民無知無欲、使夫知者不敢爲也
(常に民をして無知無欲ならしめ、夫の知者も敢えて為さざらしむ)

これは「国民をバカにして支配しろ」という意味ではありません。
老子の文脈では「知」は多くの場合、策略・計算・小賢しさを含みます。

つまりここで言いたいのは、

  • 煽りと競争で心が乱れた集団ほど
  • 口のうまい人、策略家、野心家に操られやすい
    という現象です。

逆に、生活が整い、心が落ち着いていれば、
極端な思想や巧妙な誘導に対しても「いったん距離を置く」ことができます。

読者への深い気づきとしては、ここが大切です。
だまされない力は、情報量の多さではなく、心の静けさから生まれる
という点です。

  1. 経営への示唆:伸びる会社は「煽らない」

あなたの感想がとても面白いのは、ここを会社経営に落とし込んでいる点です。

  • 資格や学歴“だけ”で人を選ぶ
  • 競争に強い人“だけ”を集める
  • 数字や栄華を煽り続ける

こうした組織は、短期的には強く見えることがあります。
しかし長期では、人の心が荒れます。荒れた集団では、
内部で権力争いが起こり、協力が減り、疲弊が増えます。

老子的には、経営とは「勝つ技術」以前に、
人が落ち着いて働ける環境を整える技術なのです。

  1. あなたの法話の核:「比較で慌てない」

最後に、あなたの文章が読者に届けている核を、丁寧に言い換えます。

人は他人と比べると、今ある幸せが見えにくくなります。
そして比べ続けると、心は常に不足感に支配されます。
不足感は、焦りを生み、焦りは判断を曇らせます。

ですから老子の第三章がそっと教えるのは、
「もっと頑張れ」ではなく、むしろ逆です。

「煽られるな。比べるな。慌てるな。整えよ。」

それは怠けることではありません。
長く生きるための知恵であり、長く続く社会の条件でもあります。

更に理解しやすく起承転結と老子からの問いをまとめてみます。

 

「慌てるな」と老子は語る

――『道徳経』第三章に学ぶ心の整え方――

起 ― なぜ私たちは落ち着かないのでしょうか

現代社会は、常に私たちを急がせています。
他人の成功が目に入り、豊かな生活が映し出され、次々と新しい価値基準が提示されます。

「もっと上へ」
「もっと早く」
「もっと多く」

気がつけば、私たちは誰かと比べ、まだ持っていないものを数え、

今の自分に足りないものを探してしまいます。

そして心は、いつの間にか落ち着きを失っています。

約二千五百年前、老子はこの心の状態をすでに見抜いていました。

承 ― 社会が人を争わせる構造

老子は『道徳経』第三章でこう語ります。

「賢い者を過度に持ち上げなければ、人々は争わなくなる」
「得がたい財を尊ばなければ、盗みは起こらない」
「欲望を刺激するものを見せなければ、心は乱れない」

これは単なる道徳の教えではありません。
老子は、人の弱さを責めているのではなく、環境が心を動かす仕組みを指摘しています。

人は本来、それほど激しく争う存在ではありません。
しかし、優劣が強調され、希少な価値が誇張され、欲望が刺激され続けると、心は自然にざわつきます。

・負けてはならない
・置いていかれてはならない
・手に入れなければならない

その焦りが、争いを生み、不正を生み、混乱を生みます。

つまり老子は、
「人を変えよ」とは言わず、「仕組みを整えよ」と言っているのです。

転 ― 聖人の政治は「煽らない」こと

老子は続けてこう述べます。

「心を虚しくし、腹を満たし、志を弱め、骨を強くする」

これは統治の理想像です。

まず生活を安定させる。
身体を健やかに保つ。
過剰な野心をあおらない。
心を静かに整える。

そうすれば、人は過度な欲望や比較から解放されます。
落ち着いた人々は、極端な思想や誤った指導者に簡単には流されません。

老子の言う「無為」とは、何もしないことではありません。
余計な刺激を加えないことです。
人を煽らず、競争を過度に仕組まないことです。

それは、長く続く社会の知恵でもあります。

短期的な栄華や急成長は、しばしば強い競争や欲望によって生まれます。
しかし、欲望を燃料にした繁栄は、いずれ疲弊を生みます。

老子は静かに問いかけます。

「あなたは何のために生きているのですか。」
「急いだ先に、本当に安心はありますか。」

結 ― 比べて慌てないこと

私たちは他人を見て慌てます。
数字を見て焦ります。
情報を見て不安になります。

しかし老子は言います。

「欲するものを見せなければ、心は乱れない。」

すべてを遮断することはできません。
しかし、自分の心が煽られていると気づくことはできます。

豊かさとは、
他人より上にいることではなく、
自分の心が落ち着いていることではないでしょうか。

老子の教えは、停滞をすすめているのではありません。
それは、長く続く安定のための静かな戦略です。

急がなくてもよいのです。
比べなくてもよいのです。
整えていけばよいのです。

日常で実践できる三つの問い

最後に、今日から使える三つの問いを置きます。

今、私は煽られていないでしょうか

ニュース、広告、他人の成果。
それらに触れたとき、心がざわついていないかを静かに観察してみてください。

今の不安は「本当に必要な欲」でしょうか

生活に必要な欲求なのか、
それとも比較から生まれた欲望なのかを問い直してみてください。

私の骨は強く、心は静かでしょうか

身体は整っていますか。
睡眠や食事は足りていますか。
心は少しでも静まっていますか。

外の世界を変える前に、
まず内側を整えること。

それが、老子が示した「無為の道」なのです。

合掌

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう

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プロが教える洗濯術「フェルト化してしまったニットは戻るのか?」

ウールはとってもデリケート
ウールの表面には「うろこ」があり、水に濡れると開く性質があります。
その状態で「熱・摩擦」が加わると、うろこ同士がガッチリ絡まって離れなくなり、
硬く縮んでしまいます(これがフェルト化!)。
一度固まると、完全に戻すのは至難の業なんです。

お手入れのコツ
•予防が一番: 濡れた状態で揉むのは厳禁。脇汗による摩擦でも固まるので、
汗をかく日は「脇汗パッド」が強い味方になります。
•もし縮んだら: ぬるま湯に「コンディショナー」を溶かして漬け込み、優しく形を整えてみてください。

ウールはまさに「優しさに応える繊維」。愛情を持って接して、長く愛用したいですね!

 

 

 

 

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