≪ 2/21(土)  ¦ トップページ ¦ 「共に」2/23(月) ≫


「生かしていただいて ありがとうございます」2/22(日)
水のように。

テンションを上げるのではなく、
良心に問いながら。

そういう在り方、生き方が、
やはり心地よい。

自我の反発は、もちろんある。
けれど、その都度軌道修正。

少しずつ、少しずつ。

「生かしていただいて ありがとうございます」

その言葉は、
胸の響きを伴って、
またそちらの方向へと向き直らせてくれる。

ありがたい。

ただもう一つ、ありがたいのは、
そう生きざるをえない現実、
無常の働きが、
目の前にあったということ。

それは、
良心の働きに、
どこか似ているのかもしれない。

「私は決して諦めない。
 つまり、死ぬか完全に行動不能になるまで諦めることはない。」
by Elon Musk

合理性という意味では、
外側を探究する西洋よりも、
内側を見つめる東洋のほうが
超合理的なのかもしれない。

それでも、
イーロン・マスクが真理を生きようとし、
目指している姿は、とても興味深い。

行きつく先は、一つかもしれない。

謙虚さを忘れず、
学んでまいります。

生かしていただいて ありがとうございます

一つ一つの動き、
一人一人の動きは、
離れているようでいて、
実は深くつながっている。

日常も、仕事も、すべて。

だから、
何事も疎かにはできないのだと思う。

というより、
面白いのだと思う。

感謝は、
それに気づかせてくれる。

人間に与えられた、
ひとつの特別な能力なのかもしれない。

AIはすごい。
けれど、限界もあるのだと思う。

それを超えるのは、良心。

しかし、対立するのではなく、
共存する。

宇宙の視点では、
ものでも人でも、
基本的に必要のないものはない。
勝ち負けという概念すらない。
良い悪いもない。

そこにあるのは、
宇宙の愛(分離しない構造)なのかもしれない。
それに気付けた時に、
また感謝が生まれるのかもしれない。

無限ですね。

生きるということを、
良心のためにさせていただく。
また、
良心が目の前の無常の働きとするならば、
それが腑に落ちます。

生きることが自分の為となっているうちは、
重くて苦しむんじゃないかな。

自分が悪いというわけではないけどね。

と、娘の勉強癖をつけるためにはどうしたらいいか。
どうすれば“自分のため”を超えた動機が育つか?
という問いの発展でした。

やっぱり行きつく先は感謝だったけどW

生かしていただいて ありがとうございます

あぁ、また言うてるわ(喜)

04:22, Sunday, Feb 22, 2026 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

■トラックバック

この記事へのトラックバックURL:
/blog2/blog.cgi/20260222042226

■コメント


■コメントを書く

名前:

メールアドレス(任意):
    

URL(任意):

この情報を登録する

内容:

パスワード(任意):

ヒューマンチェック(選択した計算結果を入力):

2026年2月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25
26
27 28