「不善なる者もわれまた……」1/23(木)
「不善なる者もわれまたこれを善とせん」(老子四十九章)
「いい」「悪い」は時代とともに変わる
世の中には、「いい人」と言われる者と、
「悪い人」と言われる者がいる。
「いい人」と言われる人を、
わたしも「いい人」だと認める。
が、「悪い人」だと言われている人も、
わたしは「いい人」だと信ずる。
世の中の是非善悪というものは、
けっして絶対なものではない。
「いい」とか「悪い」とかの考えは、
川の流れのように、時代とともに変わってしまう。
または、場所が変わっても、ここでは「いい」が、
あそこでは「悪い」ことになってしまう。
爆弾を身に装備して、
多くの市民を殺傷したテロリストたちも、
祖国では、英雄となってしまう。
聖人はみなこれを孩(ちのみご)にす(老子四十九章)
聖人は、「いい」といわれる人も、
「悪い」といわれる人も、あたかも赤ん坊を見るときの
ように善悪のない無心の目で見る。
赤ん坊には、是非善悪の考えがない。
もともとは、誰もが、赤ん坊であった。
「老子・荘子の言葉100選」より抜粋
「いい」「悪い」は時代とともに変わる
世の中には、「いい人」と言われる者と、
「悪い人」と言われる者がいる。
「いい人」と言われる人を、
わたしも「いい人」だと認める。
が、「悪い人」だと言われている人も、
わたしは「いい人」だと信ずる。
世の中の是非善悪というものは、
けっして絶対なものではない。
「いい」とか「悪い」とかの考えは、
川の流れのように、時代とともに変わってしまう。
または、場所が変わっても、ここでは「いい」が、
あそこでは「悪い」ことになってしまう。
爆弾を身に装備して、
多くの市民を殺傷したテロリストたちも、
祖国では、英雄となってしまう。
聖人はみなこれを孩(ちのみご)にす(老子四十九章)
聖人は、「いい」といわれる人も、
「悪い」といわれる人も、あたかも赤ん坊を見るときの
ように善悪のない無心の目で見る。
赤ん坊には、是非善悪の考えがない。
もともとは、誰もが、赤ん坊であった。
「老子・荘子の言葉100選」より抜粋

09:58, Friday, Jan 23, 2015 ¦