「苦しみは乗り越えられる」6/11(月)
どの人間の「いのち」も、
とても満たされた懐かしいあの世という故郷をわざわざ離れ、
苦しみ多く思う通りにならないこの世に生まれることを望んで
やってきました。
なぜ、人間は苦しみ多いこの世に生まれてきたのか?
それは、苦しみを乗り越えて成長していけるからです。
僕たちの「いのち」は、常に自らの成長だけを望んでるのです。
この世という現実世界に生まれてくるのも、
この世でしかできない経験と感動の中で自らを磨き、
未熟な部分を克服していくためなのです。
逆に言うと、
克服すべき欠点のない「いのち」は、
この世に生まれてくる必要なんてないのです。
自分たちかせ今ここにこうして生きているということは、
もっと学び、もっと成長し、もっと心の枠が広がって自由になっていく
必要か゛あるからなのです。
この「いのち」を磨くとは、
別の言葉で言えば「愛」を学ぶということです。
自らの「愛」、つまり「母性」である愛情心、優しさ、思い遣りを
より大きく広げていくために、僕たちは生まれてくるのです。
この愛は、まったく見返りを求めない、無償の愛です。
そういう視点から「不登校の問題」等を考えていくと、
実は当事者も、またそこに関わる家族や友人たちも、
その「不登校」という課題を通して、「愛」を学んでいるということが
わかってきます。
そういう子どもと関わるプロセスの中で
自分はどこまでその子のことを受け入れ、見守って、待つことができるのか。
それらのことを通して、すべては「愛」を学んでるんです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます。

とても満たされた懐かしいあの世という故郷をわざわざ離れ、
苦しみ多く思う通りにならないこの世に生まれることを望んで
やってきました。
なぜ、人間は苦しみ多いこの世に生まれてきたのか?
それは、苦しみを乗り越えて成長していけるからです。
僕たちの「いのち」は、常に自らの成長だけを望んでるのです。
この世という現実世界に生まれてくるのも、
この世でしかできない経験と感動の中で自らを磨き、
未熟な部分を克服していくためなのです。
逆に言うと、
克服すべき欠点のない「いのち」は、
この世に生まれてくる必要なんてないのです。
自分たちかせ今ここにこうして生きているということは、
もっと学び、もっと成長し、もっと心の枠が広がって自由になっていく
必要か゛あるからなのです。
この「いのち」を磨くとは、
別の言葉で言えば「愛」を学ぶということです。
自らの「愛」、つまり「母性」である愛情心、優しさ、思い遣りを
より大きく広げていくために、僕たちは生まれてくるのです。
この愛は、まったく見返りを求めない、無償の愛です。
そういう視点から「不登校の問題」等を考えていくと、
実は当事者も、またそこに関わる家族や友人たちも、
その「不登校」という課題を通して、「愛」を学んでいるということが
わかってきます。
そういう子どもと関わるプロセスの中で
自分はどこまでその子のことを受け入れ、見守って、待つことができるのか。
それらのことを通して、すべては「愛」を学んでるんです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます。

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