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「受容と叱る」11/26(月)
保育園では月に一度
仏教保育のテーマ別の園内研修を行います。


先月の研修で話したのは仏教の教育バランスは
「受容8割・厳しさ2割だよ」ということでした。


受容とは相手を受け容れる、包み込むということです。
厳しさは叱るときはきちんと叱るということです。
そのバランス感覚が8対2がいいよということを
いろんな事例を通して話しました。


いろんな親をみていて思うことは、叱りすぎる親もあるけど、
まったく叱らない親もいるということです。


それは親自身が、叱られてばかりで育ってきたので、
自分の子どもにはそうしたくないという気持ちがあるのかもしれません。


確かに、叱り過ぎは、子どもの自己評価が下がるので
よくないです。
しかし、まったく叱らないのがよいかというと、そうじゃない。


子どもが自分を傷つける可能性、自分を偽ったり裏切る可能性
のあるときは、また他人もですが、きちんと叱ることです。
この場合の傷つける、偽る、裏切るとは、身体的、心理的、社会的、
家庭的、人間的、すべてを含みます。


そういうときに、叱らないのも、
また子どもの自己評価を下げてしまうからです。


たとえば、非行の例で、親が仕事で忙しくて、
ほとんど子どもにかまうことができなかった、という状況があったりします。
すると子どもは本当は寂しくて、ついつい悪いことに
手を染めたり、ウソをつくようになります。


また、お母さんがヒステリーになるのは、
母親の性格というよりも、父親が子供を叱らないために、
叱る役まで、母親に回ってしまっているケースが大きいのです。


逆に父親が子供をきちんと叱ってくれると、
母親は、フォローに回ることもできます。
母子関係がぎくしゃくすることもなくなります。


または母親は「包む込み」役割、優しく子供ーを受容する役目を
持つのに対して、父親は「叱る」役割、厳しく社会的ルールや
マナーを教える役目を持つとも言わけます。


もちろん、役割分担をきちんと線引きすることではありませんが、
父親が叱るべきときに、きちんと叱る、このことは、子どもがルール
を学ぶために必要なだけでなく、母親と子供の関係のためにも
とても大切な事なのです。


ただ「叱る」と言っても、大きな声で怒鳴るとか、張り倒す、
ということではなく、自分の気持ちを十分アイメッセージで伝え、
その上で、心配な事や、必要なことを、真剣なまなざしで、
本気で伝えることが大切だと僕は体験的に実感しています。


つい最近も、そんなことがありましたが、
子どもは素直に耳を傾けてくれました。
そんなことを繰り返し体験しながら絆の深い親子関係が
出来上がってくのだと思います。


生かして頂いて ありがとう御座位ます。
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12:22, Monday, Nov 26, 2012 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ コメントを書く ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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