「法事の話」9/30(月)
「明日はぼくのうち、法事なんだ。」
のぼる君はうれしそうに友達にいいふらしています。
のぼる君を可愛がって下さった
おじいさんが去年亡くなられたので、
明日は一周忌の法事なのです。
大好きなおじさんや、
長い間あっていないおばさんたちもやってきます。
いとこのマサちゃんや
シロー君も一緒に来るはずです。
家ではお母さんが準備に大忙しですのに、
のぼる君はなんとなくうきうきするのです。
ごちそうやお供えのお菓子がいっぱいもらえると思うからです。
法事といえばどこの家でもお客さんが見えます。
それは亡くなられた人と親しかった人や、
よく知っている人たちです。
その人の御命日ですから、
皆で仏さまにおまいりして、
その人の生きておられた時の思い出話をし、
自分たちに残してくださったご恩をしのびます。
だからどうしても親戚の人が多くなります。
その日は仏さまの教えが、
説いてあるお経を読んでもらい、
お坊さんに仏さまのお話を聞くのです。
そうすることで、たくさんのお供え物をするよりも、
亡くなった人を一番喜ばせることになるのです。
お経は亡くなった人に
聞かせてあげるものではありません。
御命日をご縁に、いま生きている
私たちが聞かせてもらうものなのです。
お坊さんのお話というのも、お経の一部分を
わかりやすく説いてくださっているのです。
色々のお供えものも、
亡くなった人にあげているのではありません。
亡くなった人から私たちがいただくのです。
法事といえば、のぼる君のように、
誰でもお膳のごちそうを思い出しますが、
それだけでは“法事”でなくて、“食事”と
言うことになってしまいます。
お客さんをよんでごちそうをいただくだけでなく、
大切なことは静かに亡くなった人のことを思いだして、
仏さまの教えをきき、自分の生き方を反省する日、とすることです。
のぼる君も、うきうきばかりしていないで、
明日は静かにおじいさんのご恩を思いだして、おじいさんが、
よろこんでくださるような子になっているかどうかと、
手を合わせて考えてみる日です。
生かしていただいて ありがとうございます。
のぼる君はうれしそうに友達にいいふらしています。
のぼる君を可愛がって下さった
おじいさんが去年亡くなられたので、
明日は一周忌の法事なのです。
大好きなおじさんや、
長い間あっていないおばさんたちもやってきます。
いとこのマサちゃんや
シロー君も一緒に来るはずです。
家ではお母さんが準備に大忙しですのに、
のぼる君はなんとなくうきうきするのです。
ごちそうやお供えのお菓子がいっぱいもらえると思うからです。
法事といえばどこの家でもお客さんが見えます。
それは亡くなられた人と親しかった人や、
よく知っている人たちです。
その人の御命日ですから、
皆で仏さまにおまいりして、
その人の生きておられた時の思い出話をし、
自分たちに残してくださったご恩をしのびます。
だからどうしても親戚の人が多くなります。
その日は仏さまの教えが、
説いてあるお経を読んでもらい、
お坊さんに仏さまのお話を聞くのです。
そうすることで、たくさんのお供え物をするよりも、
亡くなった人を一番喜ばせることになるのです。
お経は亡くなった人に
聞かせてあげるものではありません。
御命日をご縁に、いま生きている
私たちが聞かせてもらうものなのです。
お坊さんのお話というのも、お経の一部分を
わかりやすく説いてくださっているのです。
色々のお供えものも、
亡くなった人にあげているのではありません。
亡くなった人から私たちがいただくのです。
法事といえば、のぼる君のように、
誰でもお膳のごちそうを思い出しますが、
それだけでは“法事”でなくて、“食事”と
言うことになってしまいます。
お客さんをよんでごちそうをいただくだけでなく、
大切なことは静かに亡くなった人のことを思いだして、
仏さまの教えをきき、自分の生き方を反省する日、とすることです。
のぼる君も、うきうきばかりしていないで、
明日は静かにおじいさんのご恩を思いだして、おじいさんが、
よろこんでくださるような子になっているかどうかと、
手を合わせて考えてみる日です。
生かしていただいて ありがとうございます。

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