「子どもがいてくれることに感謝する」 12/25(水)
なんだか手垢がついたような言葉ですが、
私の娘に対する最初の感情が感謝です。
私は長女を生後6ヵ月で亡くしています。
彼女は生まれつき心臓に問題を抱えていました。
生後3ヵ月のとき手術を受け、その問題は克服した
はずでしたが、6ヶ月を迎える頃、彼女は言ってしまいました。
その後流産を経て授かったのが、今25歳の娘です。
この子が生まれた頃から、私はハートフルコミュニケーションを
語り始めています。一人一人の子どもが、その本来の力を
発揮できるようの育てられること。そのために親は何をすればいいのか。
それは、長女を亡くした恐れとすべての期待を次女に向ける
ことを阻止しようと、私の本能的な力がそうさせたのかもしれません。
生まれてきてくれてありがとう。
そこにいてくれてありがとう。
笑ってくれてありがとう。
悪態をついてくれてありがとう。
あなたのすべてにありがとう。
それ以上、何を望むことがあるでしょう。
私たちのところに生まれてきて、
生きている以上のことをしてくれるとしたら、
それはすべて特別な贈り物です。
それ以上の贈り物を無理に引き出そうとしてはいけません。
子どもの実力をはるかに超える期待をかけて、子どもを特別な
存在に仕立て上げようとすれば、それは親の、子どもに対する
略奪行為といえるのではないでしょうか。子どもから、
本来の子供らしさや、子どものときを楽しむことを奪い取る行為です。
それはやっては行けないことなのです。
もし彼らに特別であってほしいのなら、
彼らの中に眠る力を引き出してやることです。
やらせようとするのではなく、最高の応援団になって見守りましょう。
そのとき、子どもからの尊敬が返ってきます。
子どもの持てる力を引き出し、子どもを自立させるための
コーチであろうとすれば、親子の間の信頼が不可欠です。
子どもが親を信頼し、尊敬していないと、
親は子どものコーチになれないのです。
ここでは親は、「自分は尊敬されるほどの人間か」と心配になります。
でも大丈夫です。子どもから尊敬を得るのは、それほど難しいことでは
ありません。なぜなら子どもは、すでに親を愛しているからです。
子どもは命をかけて親を愛しています。
これも、子どもに生まれつきプログラミングされていることのひとつです。
親に守られないと子どもは生きていけません。
だから親に愛される唯一の方法が、
親を求め、親を愛し、親に可愛がられることなのです。
子どもからすでに得ている愛に応え、
子どもの存在に感謝し、子どもの発する言葉に注意を払って、
彼らに誠実に接していけばいいのです。子どもだからと言って
いい加減な対応をするのではなく、彼らの言葉に耳を傾けることです。
それだけで子どもからの尊敬は得られます。
親の子どもに対する感謝が信頼を生み、
信頼が親への尊敬になって返ってきます。
この相互関係が、かつては存在し、今はなき
「畏れ多きもの」にかわって、子どものシールドとなって
子どもを守るもののひとつではないかと思います。
「子どもの心のコーチング」より抜粋
私の娘に対する最初の感情が感謝です。
私は長女を生後6ヵ月で亡くしています。
彼女は生まれつき心臓に問題を抱えていました。
生後3ヵ月のとき手術を受け、その問題は克服した
はずでしたが、6ヶ月を迎える頃、彼女は言ってしまいました。
その後流産を経て授かったのが、今25歳の娘です。
この子が生まれた頃から、私はハートフルコミュニケーションを
語り始めています。一人一人の子どもが、その本来の力を
発揮できるようの育てられること。そのために親は何をすればいいのか。
それは、長女を亡くした恐れとすべての期待を次女に向ける
ことを阻止しようと、私の本能的な力がそうさせたのかもしれません。
生まれてきてくれてありがとう。
そこにいてくれてありがとう。
笑ってくれてありがとう。
悪態をついてくれてありがとう。
あなたのすべてにありがとう。
それ以上、何を望むことがあるでしょう。
私たちのところに生まれてきて、
生きている以上のことをしてくれるとしたら、
それはすべて特別な贈り物です。
それ以上の贈り物を無理に引き出そうとしてはいけません。
子どもの実力をはるかに超える期待をかけて、子どもを特別な
存在に仕立て上げようとすれば、それは親の、子どもに対する
略奪行為といえるのではないでしょうか。子どもから、
本来の子供らしさや、子どものときを楽しむことを奪い取る行為です。
それはやっては行けないことなのです。
もし彼らに特別であってほしいのなら、
彼らの中に眠る力を引き出してやることです。
やらせようとするのではなく、最高の応援団になって見守りましょう。
そのとき、子どもからの尊敬が返ってきます。
子どもの持てる力を引き出し、子どもを自立させるための
コーチであろうとすれば、親子の間の信頼が不可欠です。
子どもが親を信頼し、尊敬していないと、
親は子どものコーチになれないのです。
ここでは親は、「自分は尊敬されるほどの人間か」と心配になります。
でも大丈夫です。子どもから尊敬を得るのは、それほど難しいことでは
ありません。なぜなら子どもは、すでに親を愛しているからです。
子どもは命をかけて親を愛しています。
これも、子どもに生まれつきプログラミングされていることのひとつです。
親に守られないと子どもは生きていけません。
だから親に愛される唯一の方法が、
親を求め、親を愛し、親に可愛がられることなのです。
子どもからすでに得ている愛に応え、
子どもの存在に感謝し、子どもの発する言葉に注意を払って、
彼らに誠実に接していけばいいのです。子どもだからと言って
いい加減な対応をするのではなく、彼らの言葉に耳を傾けることです。
それだけで子どもからの尊敬は得られます。
親の子どもに対する感謝が信頼を生み、
信頼が親への尊敬になって返ってきます。
この相互関係が、かつては存在し、今はなき
「畏れ多きもの」にかわって、子どものシールドとなって
子どもを守るもののひとつではないかと思います。
「子どもの心のコーチング」より抜粋
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