「仏の子ども」3/17(日)
「私たちは仏さまの子どもです。
きっと良い子になります。なむあみだぶつ。れい。」
保育園の仏参時に必ず全員で唱和する
「仏の子ども」です。
では「仏の子ども」とはどんな子どものことでしょう。
みんなの身体と今日まで育てて下さったお父さんやお母さんから
いただきました。でも身体だけ大きくなっても人間らしい心を
持っていないと人の子とは言えません。
その昔、インドで狼にさらわれた人間の赤ちゃんが、
七、八年も狼のお母さんに育てられた事がありました。
発見さた時のこの子は、吠えることと四つんばいで走る
ことしか知らない、狼のような子どもになっていたそうです。
人間に育てられていても「餓鬼のような子」とか「鬼のような子」
と言われるのは心はまだ人間になっていない人のことです。
良い子のみんなは仏の子ですから仏さまはみんたの親と
いうことになります。
身体の親はお父さん、お母さんですが、
仏さまは心の親なのです。
昔は仏さまのことをよく親様と言いました。
いつも仏さまのお話を聞くみんなは、
仏さまの心をいただくから仏の子どもなのです。
仏さまの心というのは正しい心(智慧)と、
やさしい心(慈悲)です。
この心を仏さまからもらった人を本当の仏のこども
と言うのです。
いくら勉強やスポーツがよく出来てもそれをすぐに自慢する人や、
人が困っているのを見ても、助けてあげようとしない人は
仏の子どもとはいえません。
お父さんやお母さんとは大きくなってもずっと一緒にいる
わけにはいけません。あなたたちが大きくなると、
いつかは離れて暮らすことになるでしょうし、年を取れば、
先に死んでいかれることもあるでしょう。
いや、いつ死に別れるかもしれないのです。
ただ、仏の子どもになっあなたたちには、
お父さんやお母さんが先に死んで一人ぼっちに
なったとしてもずっと離れずにいつも一緒にいて
下さる心の親があるのです。
その親の名は「阿弥陀仏」です。
あなたが「なんまんだぶつ」と心の親の名を呼ぶ
ときには、いつもそばにいてあなたの力になって下さる
でしょう。
だからどんなことがあっても安心です。
不安になったら「なんまんだぶつ」。
楽しくても「なんまんだぶつ」。
いつも心の親と共に明るく前向きに
生かされて生きていきましょう。
生かして頂いて ありがとう御座位ます。
きっと良い子になります。なむあみだぶつ。れい。」
保育園の仏参時に必ず全員で唱和する
「仏の子ども」です。
では「仏の子ども」とはどんな子どものことでしょう。
みんなの身体と今日まで育てて下さったお父さんやお母さんから
いただきました。でも身体だけ大きくなっても人間らしい心を
持っていないと人の子とは言えません。
その昔、インドで狼にさらわれた人間の赤ちゃんが、
七、八年も狼のお母さんに育てられた事がありました。
発見さた時のこの子は、吠えることと四つんばいで走る
ことしか知らない、狼のような子どもになっていたそうです。
人間に育てられていても「餓鬼のような子」とか「鬼のような子」
と言われるのは心はまだ人間になっていない人のことです。
良い子のみんなは仏の子ですから仏さまはみんたの親と
いうことになります。
身体の親はお父さん、お母さんですが、
仏さまは心の親なのです。
昔は仏さまのことをよく親様と言いました。
いつも仏さまのお話を聞くみんなは、
仏さまの心をいただくから仏の子どもなのです。
仏さまの心というのは正しい心(智慧)と、
やさしい心(慈悲)です。
この心を仏さまからもらった人を本当の仏のこども
と言うのです。
いくら勉強やスポーツがよく出来てもそれをすぐに自慢する人や、
人が困っているのを見ても、助けてあげようとしない人は
仏の子どもとはいえません。
お父さんやお母さんとは大きくなってもずっと一緒にいる
わけにはいけません。あなたたちが大きくなると、
いつかは離れて暮らすことになるでしょうし、年を取れば、
先に死んでいかれることもあるでしょう。
いや、いつ死に別れるかもしれないのです。
ただ、仏の子どもになっあなたたちには、
お父さんやお母さんが先に死んで一人ぼっちに
なったとしてもずっと離れずにいつも一緒にいて
下さる心の親があるのです。
その親の名は「阿弥陀仏」です。
あなたが「なんまんだぶつ」と心の親の名を呼ぶ
ときには、いつもそばにいてあなたの力になって下さる
でしょう。
だからどんなことがあっても安心です。
不安になったら「なんまんだぶつ」。
楽しくても「なんまんだぶつ」。
いつも心の親と共に明るく前向きに
生かされて生きていきましょう。
生かして頂いて ありがとう御座位ます。
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