「静かにしててほしいな」 11/18(月)
大の大人が大人に向かって「うるさい!」と言い放ってしまうと、
それはほとんどケンカ開始のゴングを鳴らしているのと同じこと。
あなたもよほどのことがない限り、大人に対しては、
そういう乱暴な言葉は使わないのではありませんか?
そのケンカ開始のゴングにも等しいキツイ言葉を、子どもの対しては
案外、抵抗なく使ってしまうのは、なぜでしょうか?
そこに「大人である自分は優れていて、子どもは劣っている」という
優劣があり、子どもと比べて、大人の方がエライという「差」を
つけているからではありませんか?
そうやって、大人と子どもの間に差をつけることこそ、
実は最も「優しくない」行為、考え方、価値観ではないでしょうか。
人は「やさしさ」を求めます。
それも自分に対してだけの「やさしさ」がいいのです。
自分を特別扱いしてくれる人のことを、
「私たちは「やさしい人」だと定義しています。
しかし、「特別扱い」するということは、「差をつける」ということ。
この「差をつける」という行為こそ、最も優しくない行為だと
私は思います。
自分と他人、他の命との間に「差」をつけるのは、
「やさしさ」ではなく「矢刺し差」です。
自分と相手との「差」を強調するため、相手の急所、
一番弱いところをめがけて、「矢」をグサリと刺すような、
残酷な行為に陥るので要注意です。
より力のある者やより進化した存在が、自分より力の劣っている者、
自分よりも進化のスピードが劣っている存在に対して、
その力を誇示しないこと。
自分や特定の誰かを特別扱いしたり、
他の存在と差をつけたりしないこと。
強い力を使って、力の劣っている相手を支配したり、
コントロールしたり、見下したりしないこと。
自分以外の誰に対しても「差」をつけず、いつも、
どんな時も常に同じように接すること。
それが「真のやさしさ」だと私は思うのです。
どう考えると、大人に対しては、「うるさい!と言わないのに、
子どもの対してはつい声を荒げて「うるさい!」と言い放ってしまうのは、
最も「やさしくない」行為だと指摘されても仕方ありません。
「真のやさしさ」とは、「いつも変わらず同じであること」。
自分とあらゆる相手との間に「差」がなくなってしまうこと。
誰に対しても差がなくなってしまうこと。
いつでも、どんな時でも、誰に対しても変わらぬ態度で接すること。
自分と他人との垣根がなくなり、「差」がつけられないほど、
「やさしく(易しく)」なっていくこと。
それが本当の「易し差」。「真のやさしさ」だと、私は思います。
子どもであっても、どうして静かにしてほしいかという理由を、
子どもの目を見てこころをこめて伝えられれば、ちゃんと伝わります。
そこを省いてしまうのは、大人と子どもの間に「差」をつけて、
子どもを見下している証拠。
そういう「やさしく」ない扱い方をするから、子どもは反発して、
言うことを聞かなくなるのです。
大丈夫……。本当のあなたは、とてもやさしい人です。
大人と子どもの間に「差」をつけず、
いつも大人に対して話すのと同じ調子で、
その「やさしさ」がちゃんと伝わるように、
子どもに話せばいいだけです。
「心が軽くなる 子育ての言葉」より抜粋

それはほとんどケンカ開始のゴングを鳴らしているのと同じこと。
あなたもよほどのことがない限り、大人に対しては、
そういう乱暴な言葉は使わないのではありませんか?
そのケンカ開始のゴングにも等しいキツイ言葉を、子どもの対しては
案外、抵抗なく使ってしまうのは、なぜでしょうか?
そこに「大人である自分は優れていて、子どもは劣っている」という
優劣があり、子どもと比べて、大人の方がエライという「差」を
つけているからではありませんか?
そうやって、大人と子どもの間に差をつけることこそ、
実は最も「優しくない」行為、考え方、価値観ではないでしょうか。
人は「やさしさ」を求めます。
それも自分に対してだけの「やさしさ」がいいのです。
自分を特別扱いしてくれる人のことを、
「私たちは「やさしい人」だと定義しています。
しかし、「特別扱い」するということは、「差をつける」ということ。
この「差をつける」という行為こそ、最も優しくない行為だと
私は思います。
自分と他人、他の命との間に「差」をつけるのは、
「やさしさ」ではなく「矢刺し差」です。
自分と相手との「差」を強調するため、相手の急所、
一番弱いところをめがけて、「矢」をグサリと刺すような、
残酷な行為に陥るので要注意です。
より力のある者やより進化した存在が、自分より力の劣っている者、
自分よりも進化のスピードが劣っている存在に対して、
その力を誇示しないこと。
自分や特定の誰かを特別扱いしたり、
他の存在と差をつけたりしないこと。
強い力を使って、力の劣っている相手を支配したり、
コントロールしたり、見下したりしないこと。
自分以外の誰に対しても「差」をつけず、いつも、
どんな時も常に同じように接すること。
それが「真のやさしさ」だと私は思うのです。
どう考えると、大人に対しては、「うるさい!と言わないのに、
子どもの対してはつい声を荒げて「うるさい!」と言い放ってしまうのは、
最も「やさしくない」行為だと指摘されても仕方ありません。
「真のやさしさ」とは、「いつも変わらず同じであること」。
自分とあらゆる相手との間に「差」がなくなってしまうこと。
誰に対しても差がなくなってしまうこと。
いつでも、どんな時でも、誰に対しても変わらぬ態度で接すること。
自分と他人との垣根がなくなり、「差」がつけられないほど、
「やさしく(易しく)」なっていくこと。
それが本当の「易し差」。「真のやさしさ」だと、私は思います。
子どもであっても、どうして静かにしてほしいかという理由を、
子どもの目を見てこころをこめて伝えられれば、ちゃんと伝わります。
そこを省いてしまうのは、大人と子どもの間に「差」をつけて、
子どもを見下している証拠。
そういう「やさしく」ない扱い方をするから、子どもは反発して、
言うことを聞かなくなるのです。
大丈夫……。本当のあなたは、とてもやさしい人です。
大人と子どもの間に「差」をつけず、
いつも大人に対して話すのと同じ調子で、
その「やさしさ」がちゃんと伝わるように、
子どもに話せばいいだけです。
「心が軽くなる 子育ての言葉」より抜粋

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