「子どもを守っていたもの」 12/9(月)
一昔前、かつての親たちは、子どもの自立のことを
そんなに真剣に考えたのでしょうか。
私たちの親たちは、私たちを自立させるために、
そのような環境を整えなければならないかを、
それほど考えたでしょうか。
必ずしもそうではありません。私たちが子どもの頃、
親たちは、それほど真剣にどう子育てするべきかを
考えてはいなかったと思います。なぜなら、
かつては社会そのものに子どもを育てる力がありました。
ひとつは、地域社会に子どもを育てる力がありました。
目には見えない地域の連帯意識や連携が子どもを守り、
子どもに何かいけないかを教え、子どもを育てたのです。
私が育った家の隣の家の玄関に落書きが発見されたとき、
隣りのおじいさんは自分の孫も含め、
可能性のある隣近所の子どもを集め、
「この絵はうまくかけている。誰が描いた?」とたずねました。
そこで気をよくした私の兄が手をあげ、
兄は隣のおじいさんに大目玉を食らいました。
でもそれで、親同士の、大人同士のもめ事に
いたることはありませんでした。子どもをみんなで育てるのは、
ごく当たり前のことだったのです。
家の近所に、私と同じクラスの子で、
今でいう不登校の子がいました。
親が仕事に出かけた後、
学校に行かずに布団にもぐりこんでいるのです。
私の母はそれを見つけては、その子を自転車に
乗せてよく学校まで届けたものでした。
母にしてみれば、気がついた自分が面倒を見るのは、
ごく自然なことだったのでしょう。
そんな具合に、世の中が子どもを育てたものでした。
また、世の中にたくさんあった「畏れ多きもの」が
子育てを楽にしていました。
「畏れ多きもの」とは、現実的な恐怖とは異なり、
尊厳や威厳があって、それに対しては多少の緊張を
持って接しなければならないものです。
かつて世の中には、たくさんの畏れ多い存在がありました。
かつて「お父さん」はその一人でした。
「学校の先生」「警察官」など、身近なところにも
たくさんの畏れ多い人たちがいたのです。
また、得体の知れないこわいものがたくさんありました。
嘘をついて閻魔様に舌を抜かれることを恐れたり、
しゃもじについたご飯粒をなめて、口の大きな子を産むよと脅されたり、
子どものまわりには怖いもので一杯でした。でも、
それらのこわいものは、自分を律している限り、
私たちを苦しめることはなかったのです。
それらの「畏れ多きもの」やこわいものの存在のおかげで、
私たち子どもは、世の中には超えてはならないもの、
犯してはならないものがあることを、うすうす感じて育ったのです。
つまりかつての私たちは身近な大人たちの愛情と、
目に見えない、超えてはならない「畏れ多きもの」
に守られて自立の道をたどりました。
それらのものはシールドとなって、
大人になるまで私たちを守ってくれました。
大人たちの愛情は、外界から私たちを大きく包み込みました。
そして、「畏れ多きもの」やこわいものは、
外界の攻撃から私たちをまもるのではなく、
超えてはいけないものを超えないように、
自分をコントロールするやり方で、私たちを守ってくれたのです。
「子どもの心のコーチング」より抜粋

そんなに真剣に考えたのでしょうか。
私たちの親たちは、私たちを自立させるために、
そのような環境を整えなければならないかを、
それほど考えたでしょうか。
必ずしもそうではありません。私たちが子どもの頃、
親たちは、それほど真剣にどう子育てするべきかを
考えてはいなかったと思います。なぜなら、
かつては社会そのものに子どもを育てる力がありました。
ひとつは、地域社会に子どもを育てる力がありました。
目には見えない地域の連帯意識や連携が子どもを守り、
子どもに何かいけないかを教え、子どもを育てたのです。
私が育った家の隣の家の玄関に落書きが発見されたとき、
隣りのおじいさんは自分の孫も含め、
可能性のある隣近所の子どもを集め、
「この絵はうまくかけている。誰が描いた?」とたずねました。
そこで気をよくした私の兄が手をあげ、
兄は隣のおじいさんに大目玉を食らいました。
でもそれで、親同士の、大人同士のもめ事に
いたることはありませんでした。子どもをみんなで育てるのは、
ごく当たり前のことだったのです。
家の近所に、私と同じクラスの子で、
今でいう不登校の子がいました。
親が仕事に出かけた後、
学校に行かずに布団にもぐりこんでいるのです。
私の母はそれを見つけては、その子を自転車に
乗せてよく学校まで届けたものでした。
母にしてみれば、気がついた自分が面倒を見るのは、
ごく自然なことだったのでしょう。
そんな具合に、世の中が子どもを育てたものでした。
また、世の中にたくさんあった「畏れ多きもの」が
子育てを楽にしていました。
「畏れ多きもの」とは、現実的な恐怖とは異なり、
尊厳や威厳があって、それに対しては多少の緊張を
持って接しなければならないものです。
かつて世の中には、たくさんの畏れ多い存在がありました。
かつて「お父さん」はその一人でした。
「学校の先生」「警察官」など、身近なところにも
たくさんの畏れ多い人たちがいたのです。
また、得体の知れないこわいものがたくさんありました。
嘘をついて閻魔様に舌を抜かれることを恐れたり、
しゃもじについたご飯粒をなめて、口の大きな子を産むよと脅されたり、
子どものまわりには怖いもので一杯でした。でも、
それらのこわいものは、自分を律している限り、
私たちを苦しめることはなかったのです。
それらの「畏れ多きもの」やこわいものの存在のおかげで、
私たち子どもは、世の中には超えてはならないもの、
犯してはならないものがあることを、うすうす感じて育ったのです。
つまりかつての私たちは身近な大人たちの愛情と、
目に見えない、超えてはならない「畏れ多きもの」
に守られて自立の道をたどりました。
それらのものはシールドとなって、
大人になるまで私たちを守ってくれました。
大人たちの愛情は、外界から私たちを大きく包み込みました。
そして、「畏れ多きもの」やこわいものは、
外界の攻撃から私たちをまもるのではなく、
超えてはいけないものを超えないように、
自分をコントロールするやり方で、私たちを守ってくれたのです。
「子どもの心のコーチング」より抜粋

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