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「喜んでいただけましたでしょうか?」12/16(土)
最近仕事を通して、
また、真っ白な息を吐きながら
朝夕の自然の中でごみ拾いを行いながらの散歩中、
空に浮かぶ月や数多くの星を見ながら、
なんとなく思うことがあります。


それは、「喜んでいただけましたでしょうか?」
ということ。


「喜んでいただけましたでしょうか?」と、
人生の最後に自分の人生を振り返ることのできる人は、
安らかにお浄土に旅立つことができると思います。


この喜ばせたい相手は、お客さん、職場の仲間、家族や
友人、知人だけでなく、縁のある無数の人たち、さらには、
何時も見守って下さっているご先祖の皆様、また、動植物を
はじめ、すべての生命を育み続けている地球や太陽に対しても、
感謝して「喜ばせたい」「喜んでいただけでしょうか?」と
思えることが大切なのだ感じます。


でも、
自分の心が荒んでいたり、
イライラして余裕がないと、「喜んで頂けましたでしょうか?」
と人は思えないものです。


これとは違って、
他の人の悪口を言ったり、妬んだり、差別するような間は、
まだまだトコトン、何度でも、気づいて目覚めるまで、
繰り返し繰り返し同じような不調和な場面を今世も
死後も来世もリピート体験するのが宇宙の普遍法則
だと感じます。


すべては自分以外のために、
「喜んで頂けたでしょうか?」と自分を無くして他を生かそう
とした人が、そのいのちが天から祝福されて活かされると
感じます。


自分だけが、
自分の家族だけが、自分の会社だけが、
生きようとした人や組織は、天からは活かされないと感じ
ます。


自分(自我)を無くすとは、
「喜んで頂けましたでしょうか?」と見返りを期待せず、
与えることが本当に好きになっていく、
とても心地よく嬉しくなっていくことだと思います。


そうすれば、
本当の自分自身を活かすことになるのだと
思います。


さて、
今日から最終検品を、
ハードルを上げるために大留、佐生、最終的に私の
三段活用にしました。


「喜んで頂けますか?」を
実践するためには、
それだけ本気で智慧と愛情心を持って事に当たらないと
それはただ単に自己満足になってしまいます。


本気で真剣に妥協なく事に当たることによって、
仕事の場合は私も他の検品者も技術者もお客さんも
自らの自我ではなくいのちそのものが喜んでくれます。


「喜んでいただけましだしょうか?」


それは自我を満足させるためでも、
相手に媚を売ってひと時の楽を与えることでもありません。
人によって段階論はあるにしても、
基本的には真剣に、本気に、良心に沿って考え行動し、、
一切のいのちが喜ぶことへ向かって生きることです。


そうすれば、
必ず天が助け、天がその人を、
その組織を否が応でも活かしてくれます。


決して自己満足、我良しではダメです。


ここに集まってきているスタッフたちのいのちは
そういった真実を体験したいと願っているのだと思います。
ただ、自我があるから
結構抵抗していますが・・・。


このあたりに、
人生の本当の成功の秘密がありそうです。

・・・・・

●好法、コメントありがとう。
お客さんの事を思って一生懸命やってる姿が伝わってくれればいい。
それが結果として品物に現われてくるからね。
おまえも頑張れよ。

14:13, Saturday, Dec 16, 2017 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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