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2017年 8月19日

「ガチで」8/19(土)
日中の工房の洗い場は蒸気を吹かすので
とにかく暑いのです。


炭酸はやめていたのですが、
さすがに今日は久々のデカビタを飲みました。


美味しかった。


午後2時に昼食を取た後、
北子安庵に帰ってすぐ着替えをしてシャワーを浴びましたが、
着替えたシャツやパンツは上も下も雨に濡れたように
ビシャビシャでした。


それにしてもこの暑い中、
ポカはありますが、とにかく不平不満もなく
みんな一生懸命淡々と働いています。


よく働くけれど、
そこに「他への思いやり」や「他への愛情」があるか?
どうか?


お客さんに対して「こうしてあげたい」「こうすれば喜ばれる」
と、駆け引きや交換条件のない他への思いやりです。


人間の心は日々生まれ変わり、成長していきます。
本当は、心とは「成長しきった存在」なのですが、それに目覚める
それに気づく「過程」を成長と呼びます。


そして「今の自分」が、
心から「他のため」だと思える愛情は、それが「良心」なのです。


あとでそれが、「あの時もっとこうしておいたらよかったのに」と、
いろんな評価を受けても関係ないのです。その時の自分の
真剣な心からの発露(発揮すること)が「尊い」のです。


ただ、この心が発露をする段階が人によって違いますが、
どの段階の心であっても、「他への愛情」があるかないか?
がすべてであり、仏さんからの評価は
はっきり言ってこれしかないのだと思います。


とにかく、
この他への行為を積極的に実践していますと、
正しく自分の良心が発露を始めます。
そして正しく判断や選択ができるようになります。


理屈ではなく、他への奉仕の行為が、
自分の良心を発露させてくれるようになるのです。


法子さんがやっている
他への奉仕の段階は、
実に深いです。
よく言い訳組は「法子さんがやってることは正しい。
正しいですがあ・・・、私は・・・・」と言い訳していますが、
本当は彼女のダントツの愛情心のレベルの深さや他を思いやる
奉仕と責任感の強さを実践的に学ぼうとしているのです。


ただ自分の自我いっぱい段階と比べたって
無理なのです。頭を空っぽにして学ぼうとしないと。
真似でもいいから実践しようとしないと。


今日は高校野球で
広陵が勝ってベスト8に駒を進めました。
監督がインタビューで日ごろの目の見えない練習の成果が
出ているといわれてましたが、なんでもそうですが、
学び、気づき、実践し、実力をつけていく。


ここでは、
特にエゴや駆け引きや打算ではなく
内発的な愛情心による奉仕の行為が常に
問われているわけです。


熱闘甲子園みたいに、ガチで。

14:49, Saturday, Aug 19, 2017 ¦