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「究極の危機管理」8/23(水)
究極の危機管理。
常に最悪の事態を想定して日々を生きる事にあります。
それはまさしく「おお、まるぞうさん書いてくれてるじゃん」


≪まるぞう備忘録≫より転載

臨終の際に見える風景。
2017-08-23 10:26:02 / 今日のひとり言

露と落ち露と消えにし我が身かな
なにわのことも夢のまた夢

天下人であった豊臣秀吉の最期の句です。
秀吉のように栄華を極めた人物であっても人生が終わる
時は、全ては夢のような一瞬であった。
そのことに気がついたという句であります。


私達の人生は、
日々自分の自我との折り合いの付け方の葛藤であります。
私が日常生活で頭を悩ませていること。苦しいこと。
これは私の自我の抵抗のあがきであります。


 あの人にああ言われたから悩む。
 あの人にああいう態度をされたから悩む。
 欲しいものが手に入らないと悩む。
 大事だと思っていたものが奪われて悩む。


違法な犯罪や災難事故に巻き込まれた時は別であり
ますが、私の日常の悩みは普段の普通の人生の中での、
人間関係の悩みがほとんどであります。


 ただ、時々、自我に勝てる時があります。
99敗1勝かもしれませんが。1勝することがあります。
その1勝とは、自分の自我が折れて降参する時であります。
それは自分の母性が自分の自我を呑み込んだ。
その瞬間であります。


私達の心の深い奥底では、
自分と他人の区別はありません。
しかし私の心の表面は、自分と他人を厳密に区別してい
ます。


私の自我と呼ばれるもの。
それは相手に勝つことであり、相手に優位であり、
相手を支配できることに命をかけています。


私の母性と呼ばれるもの。
それは相手も自分も区別なく、助けてあげたい、
手伝ってあげたい、癒してあげたい、寄り添ってあげたい、
忘れないでいてあげたい、敬意を表してあげたい。
そういう心の働きであります。


自分の心の奥深くから湧き出てくる命の働きであります。


私が自我として生きていた時間は、
たとえ豊臣秀吉のように勝ち続けて天下を取った人間で
あっても、その一生は一瞬の夢のように儚いものであり
ました。


しかし私の人生の、ほんの短い時間であったとしても、
私の母性が私の自我を包み込んで、目の前の相手と
共鳴している瞬間。この瞬間だけは私の人生の本質で
ありました。


私が人生を終えてこの世を去る時にわかるのでした。
私が自分の母性で相手に接していたトータルの時間。
この時間こそが自分の人生で生きていたという時間で
ありました。


生活に余裕のあることはなかった。
精神的にぎりぎりの生活であった。
それでもその中の厳しい生活環境の中でも、
自分が目の前の人に暖かな感情を向けられたとき、
それはほんの些細なことであったかもしれませんが、
それが私の人生の本質でありました。


社会的に名声を得るとか、
人をも羨む資産を手に入れることなんて、
一瞬の虚ろでありますが、自分がギリギリの環境の
中で、目の前の人に暖かい気持ちを少しでも向けら
れること。
これこそが、私がこの世に生を受けて生きている
本質でありました。


誰にも評価されない、目立たない、
地味な生活の中であっても、ギリギリの中であっても、
たとえ少しであったとしても、目の前の人に暖かい
気持ちを持てているか。


自分がこの人生を終える時に、
虚ろではなく実態として質量を持つのは、自分の心の
奥底から、外に湧き出た「母性」の時間でありました。

                   ≪転載終了≫

人間がこの世に生まれてきた目的は、いかなる環境
であろうとも、心の温かさ、どれほど愛情豊かな心を育て
ることができたのか?心の奥底からわいて来る母性を発露
することができたのか?


このためにこの世に生まれて来て私たちはいろんな経験や
体験をしていくのだと思います。


この真実を知って生きるのと、知らずに生きているのは、
自身の生き方の方向性や価値観が、めっきり違ってき
ます。


人からはわがままと見られても、変な人と言われても、
自分自身が納得した生き方しかできなくなってきます。


そして自分の都合を満たそうとする願望実現よりも、
ちょっとしたことへの感謝の生活が中心となってきます。
相変わらず短気や負けず嫌いは治りませんが、そこに
執着することも少なくなり「まっいいか」と流していける
ようになってきます。


で、分かってきたことは、人間は自我を小さく「静かに」
できる段階が深まれば深まるほど、この世での実現力
が増して、今一番必要な希望が思わぬ方向から叶うこ
とが起こり始めます。


つまり、すべてを邪魔していたのは、他人との比較をす
るプライドの高い自分の自我、すぐ言い訳する自我、
自分の都合をなんとか満たそうとガンバル自我です。
これらが薄まれば薄まるほど、私的から公的への心、
感謝の気持ち、前向きで創造的で他の人を思いやれる
良心が発露を始めます。


これがまさしく死後の行き先も決めるのだと思います。
とにかく、言い訳はせず、素直に理想目指して頑張りま
しょう。その方が、よっぽど面白いです。

12:34, Wednesday, Aug 23, 2017 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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