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「人生を楽しむために」8/21(月)
人生は苦なり。


お釈迦様は、
この世は自分の思うとおりにいかない苦の世界だ、と、
説きました。


しかし、
人は苦しむために生きているのだ、
とは説いていません。


この世は苦の世界であるが、
苦しむために生きているわけではないのです。


苦の世界を出来るだけ楽に生きようと
説いているのが仏教です。


土曜日の日の落雷は凄かったです。


この落雷で、
本店の自動ドア、電話、
君津工房の染み抜き機2台の電機基盤、
シリコーンドライ機の電機基盤、
バンツトッパーの電機基盤
蒸留器の電気系統が全部やられました。


ですから、
主力の機械が使えないので現在大変なのですが、
ドライ機はダメでも、最低限の水洗いの洗濯機は
無事でしたので、今回ほど「水洗いでよかった」と思ったことは
ありません。そうじゃないと、まったく仕事にならないですからね。


落雷での被害が
いっぱいありましたが、
お陰様で保険適用が可能なので、
大事には至りませんでした。


落雷といえば、
何年か前に
うちのお寺の本堂の鬼瓦に落雷が落ちて、
本堂の屋根裏が焼けたことがあれましたが、
この時も保険適用で立派に修復できました。


その一年後、
お寺の庫裏の屋根が台風で
飛んだことがあったのですが、
この時も保険適用でこれまた立派に修復できました。


人生は苦なり。
しかし苦しむために生きているのではない。
何が起こるかわからない苦の世界を、
いかに心豊かに力を抜いて楽に生きていけるのか?


そのためには、
事前の危機管理意識と具体的な準備が
とっても大切です。


現在、
私が住職を勤めるお寺の
本堂、山門、納骨堂、庫裏、そして保育園に自宅、
すべて地震災害・火災保険に入っています。


実は、
「へぇ・・こんなに払うのかぁぁ・・」
というぐらいの高額の保険料を月々払うために
私は一生懸命働いてるようなものです。


が、
こういった事前の危機管理や
具体的な事前準備を行っていたからこそ、
お寺や庫裏が落雷、台風被害に遭っても、
苦が楽に転じていったのです。


まあ、なんとかなるだろう・・は、
人事を尽くしていないと成り立ちません。


この会社も実はそう。
何年か前に各工場や各店舗や本社の
各種保険を大きく見直して
改善しました。


そのお蔭で、
以前も、今回も苦が楽に転じてくれました。


私は何があっても常に
最悪の事態を想定して生活することに、
仕事をすることにしています。


そのように最悪想定をしておけば、
何かあっても「なるほど、そうきたか」と、
アクシデントや問題をゲーム化したり
より具体的な危機管理のイメージ化ができています。


例えば、
この4月から
健康管理の法子さんは朝夕の散歩を
医者にすすめられました。


その散歩のボディガードと
付き添いのために私も一緒に散歩に行きます。


その時、
私は必ず携帯を常に持参してますし
会社では何かあってもすぐに対応できるように、
男性たちはずに担架を持参して
駆け参じれるよう待機をしています。


人間の意識がそこに向いていると、
目の前には意識が向いていることはなかなか現実化
していかない法則があります。


また、
万が一そうなったとしても、
最悪想定の事前準備をしているので、
必ず大難が小難と無事になっていきます。


本当のポジティブシンキングとは、
そのような最悪想定と事前準備の上で
成り立っていきます。


こういったことは、
60年間の人生の中でどれくらい
実践経験してきたか、わかりません。


人は苦しむために生きているのではありません。
せっかくなのですから危機管理を先手先手で行って
人生を楽しむ生き方をしていきましょう。


まあ、
万が一何かあっても
なんとかなっていくものなんですけどね。


ただ、
仕事で苦しむというか、
上手くいかない人を見てると、
危機管理、つまり事前準備が全くないので
お釈迦様の「人生は苦なり」のまんまでいっちゃいます。


自分に力がないと認識し、
身の程を知れば知るほど、
謙虚に事前準備をしておくはずなのですが・・・、
そうでないってことは、増上慢、驕慢ってことなのです。


とにかく、
苦を転じて楽になるためには
謙虚に、素直になるってことです。

17:25, Monday, Aug 21, 2017 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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