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2018年 7月19日

「智慧と慈悲」7/19(木)
私は仏教徒ですが、
仏教徒としてお釈迦様と親鸞聖人を尊ぶのは
ありのままを見通せる智慧の人でありながら、
逆に、理屈の知恵が消えた、
どこまでも透き通るような聡明で静かな温かい人であったからです。


そして、真に智慧を超えた御方とは、
逆に人間味があり、温かくあり、静かな愛情と思いやりに溢れる人に
成っていかれるのだと思います。
勤勉の厳しさや、冷たさなどから逆に離れるのです。


反省している人間に対しては、
それでも情け心を持ち、
それでも慈悲の心を持ってあげていらっしゃること、
どうしようもない人間のサガ・性を毛嫌いするのではなく、
自分自身も含めて万人にも言えることだとして
逃げずに直視してあげていらっしゃる。


なぜならばお釈尊や親鸞聖人等は、
智慧を超越した上での愛情のカタマリの人であり、
どんな人間のサガ・性も、「それでも」何とか救ってあげたいと
思う人だからです。


こういったことを通して学ぶことは、
私たちも、自分の生活の中で愛情・思いやり・情け・慈悲ということを
意識して生きましょうということです。念仏者ってそういうことなのだと思います。
その継続は、自分も他者からそれらを受けることになる縁を創ります。
多くの人間は、言葉では表現できない飢餓感を持っています。


お釈迦様は
すべての物事から何かを学び取る姿勢を維持しなさいと教えてくださっています。
そして出来れば、その中に「愛情」・「思いやり」・「情け」・「慈悲」という
視点を持ちましょうということを特に強調されます。


人は自分が持っている視点の持っている方向へ
その容姿も生活も環境も変化して行きます。
そうすれば誰もが最後には、愛情深き善い人と成っています。
そのような智慧と慈悲の道を
微力ながらも歩んでいきたいと、
コツコツですが前に進んだり後退したり・・
とにかくあきらめずに努力をしています。

fhj

ポッキー、ありがとう 美味しく頂いています。

04:04, Thursday, Jul 19, 2018 ¦ ¦ コメント(0)