トップページ
2016年 4月22日

「しつけの三原則」4/22(金)
【しつけの三原則について】

「しつけ」は押しつけだと言って、
しつけ教育に反対する人がいますが、
しつけというものは、子どもが将来、自立できた社会人
として生きるために必要な基本となるものであり、
幸せに生きる社会人となるための生活行
動基準だと思います。

碁で言えば「定石」、
剣道や空手道でいえば「型」、武道やスポーツでいえば
「基本」にあたるものです。

これらを
しっかりマスターしない限り、私の経験上、試合には
勝つことはまずできません。

また、
しつけなき大人は、「定石」「型」「基本」を学ばず、
身に付けなくして試合をするのと同じで、
どのように頑張ってみても、
結果はみえているのです。

たまたま物質的に成功したとしても、
一時期なものに過ぎない人を私は目の当たりに
数多く見てきました。

では
、家庭でのしつけには、
どのようなものが必要なのでしょうか?

教育哲学者だった森信三先生は、
「しつけの三原則」というものを提唱されています。

これは、
「おはようございます」「はいという返事」「はきも
のを揃える」の三つです。


1、特に朝、「おはようございます」と明るくあいさつをし
ます。

挨拶は人間関係の潤滑油のようなものです。

普段よくあいさつする人でも、
嫌な人にはなかなか気安くあいさつを
できないものです。

つまり、
相手に対して素直でないと、なかなかあいさつ
はできないのです。

あいさつができるというのは、相手を尊重する心が
あるからです。

「笑う門には福来る」と言いますが、
あいさつする門にも福がきます。

また、
あいさつには「おはよう」の他、
「いただきます」「御馳走さま」「行ってきます」
「行ってらっしゃい」「ただいま」「ありがとう」「すみません」
「ごめんなさい」「失礼します」「こんにちは」
「こんばんは」「さようなら」「どうぞ」「どうも」
「お願いします」などなどがあります。

なかでも、
「ありがとうございます」は感謝の表現として大切です。
家を出る時、「行ってきます」と言って出ていく子は、
黙ったまま出て行く子どもよりも、
外で事故に遭う確率が少ないそうです。

出て行く時の心構えの違いが出るようです。


2.呼ばれたら「はい」と返事をします。

「はい」と返事の出来る子は、
「いいえ」ともはっきり言えるようになります。

つまり「はい」と返事が出来ると言うのは、
自分の主体性を持ち、相手の話をきちんと聞ける
姿勢ができているということです。

こういう子は、将来必ず人間力が伸びていきます。


3.はきものをそろえ、席を立ったら椅子を入れます。

今まではきものを乱していた子が、
はきものをそろえるようになると、生活そのものが変
わります。

だらだら生活していた子が、
けじめのある、テキパキとした行動を取るようになります。

乱れた生活が引き締まってきます。
不思議なことですが、はきものをビシッと揃えるようにな
ると(自分や人のはきものも揃える)、勉強しなかった子
が勉強するようになり、親に口答えしていた子が素直に
耳を傾けるようになっていきます。

また、やる気のなかった子もやる気を出すよう
になっていきます。

はきものの締まりは、
「生活のしまり」「心の締まり」「時の締まり」「礼の締まり」
「性の締まり」「美の締まり」「物の締まり」「場の締まり」に
つながります。

そして
「席を立ったら椅子を入れる」ことは何事にも「けじめ」を
つけられるようになっていくということです。


これら三つのしつけが身に付くと、
子どもの「我」が薄まっていきます。

「我」が薄まるということは、素直な気持ちになるというこ
とであり、心の受け入れ態度が整うということです。

こういう子は何でも吸収し、伸びていくことができます。

反対に、
「エゴイストに成長なし」と言われるように、「我」の強いわが
ままな子は、心の窓が締め切った状態ですから、
風通しが悪く、中の空気もどんどん悪くなっていきます。

しつけのきちんとできている子は、
将来、必ず人間力も技術力も伸びていきます。


実は私がやっていた30年前の龍城拳友会では、
子どもにしつけをムリに押し付けるのではなく、
子ども・保護者・指導者が連携を取って、この3つを道場内
や家庭で自然にできるように楽しく協力し合って実践して
いました。

だから、
こういったことは当たり前のように子どもたちがや
っていました。

とにかく
森信三先生の提唱された「しつけの三原則」を実
践することによって、昔の龍城拳会は型試合も組手試合
もメチャクチャ強くなりました。

これは、
人間としての「定石」「型」「基本」が身に付き、人間としての
土台ができてくるからなのでしょう。

「しつけの三原則」と「腰骨を立てる」このビフォー&アフターで
は技の吸収力や集中力、緩急が全然違っていました。

結城や中田たちは
その事実を体験的に知っているのです。

だからこそ、
こういった人間としての「しつけの基本」を身に付けることにこ
だわってるわけです。ただ単に道徳的に良いことだからだけ
じゃない。

人間として生きる土台、基本ができればできほど、心も体
も柔らかく素直になって技の吸収が早くなるからです。これ
は勉強においてもまったく同じく効果が出てくるのです。


今年度、
私が理事長を務める志和龍城保育園では
この「しつけの三大原則」を脇先生の指導で、年長さんたち
が実践しています。

またこの「しつけの三大原則」「腰骨を立てる」は子どもも
大人もまったく変わりませんので、NCでも武道倶楽部を中心
に社内全体で意識して実践していこうと思っています。

そして現実的に良き結果をどんどん出していく。
もはやそういった実践モードが会社全体に至り届いていっ
てます。

今よりももっとよく。
よくなることは貪欲にどんどん取り入れてやっていけばいい、
それがNCのモットーであり、私のモ
ットーでもあります。

お陰様で
NCという会社の改革もマネージャーの法子さんの指導のもと、
順調に進んで、あきらかに明確に良い結果が出てきています。

「しつけの三原則」実践はさらにそこに拍車をかけてくれること
でしょう。

とにかく、
現在でもお客様からの喜びの声をたくさんいただいているので、
これがさらに多くなれば、本当にリピーター率日本一の会社に
なれるかもしれません。

昨年
入荷の多さに圧倒されて社員たちがテンパってたのが
今はウソのようです。

秋から
その大反省を生かし、改善、改善、ガチでの改革を繰り返して
きての今があるわけで、やはりつかんでいる執着しているものを
手放さない限り、新しいものはつかめない、
改革なんてできないのです。


そして、来週の金曜日の夜7時から
日本テレビの番組で弊社の技術が紹介されます。

フロントが
そんなことをお客様に伝えると「またっ?」と笑われたそうです。

雑誌では、
今月は「ビギン」で紹介され、来月は某女性誌で紹介される。

お客様たちは、
そんなことがもう当たり前になっているわけで、
ただ、そういうお店に来ることにそれなりのプライドと自信と誇
りを持たれています。

圧倒的に「他店」とは違う、
という誇りと良い意味でのプライドです。
有難いです。


そして、少子化が超進んでいる
私の住む東広島市志和町ですが、
お陰様で保育園も口コミが好評で園児が集まってきています。

またまた
「しつけの三原則」を年長さんが実践することによって、
とっても良い結果が出てくるでしょうからさらに口コミでの評価は
上がっていくでしょう。

そして
「まことの保育」に集う子どもや保護者たちが、合掌の心を学び、
森信三教育を実践していくことによって少しでも社会が明るくな
ればいい。


あとは、
空手の龍城拳友会の復活です。
ターゲットは保育園児。ここから育っていくと、
まさに保育園→小学校→中学校(2020年には隣
の中学校が小中一貫になります)→そして高校になって準指導員
として人育てのお世話をしていく。

つまり
うちの空手の道場は、
人間塾として森信三先生が提唱される世の
ため人の為に生きることに喜びを感じる実践人を
一人でも多く世の中に輩出していく。


それが
龍城拳友会のミッションだと私は思っています。


空手はあくまで手段なんです。
空手という手段を通して「心技を練り」「世人の範」を目指して
凛とした日本人として、変化や進化を恐れない、
創造的実践者として強く明るく生きていける人たちが、
あらゆる分野で世の中をどんどん良くしてい
くということです。

その一助になればいいです、
拳友会という空手の会が。


とにかく、
考えれば考えるほどチャレンジできることばかり。
未来はとっても明るいです。

そのための「今」がある。
みんな、白紙の未来に向かって頑
張りましょう!


※松本さん、
コメントありがとうございます。大丈夫ですよ。
片山にしても
一人でよく頑張ってくれていたと感謝しています。

ただ、
一人がゆえに、
彼のホワンとした性格ゆえに、いつの間にか流されて
中心の部分、「志」を見失っていたのも事実でした。

ただ、それももはや終わったこと。

生涯武道を私たちは目指しているわけで、
彼は彼で、一から空手の基本をやり直し、自分自身の稽古を
しっかり頑張っていこうとしています。
これは岡田もそうです。

それは
少年部の面倒を見ていた時とはまた違い、
まさに自分自身が子どものように我武者羅に
これからチャレンジしていく、
一人の空手家に戻れたのだと思います。

そして結城も、中田も同じです。

また結城や中田は、
今年生まれてくるわが子とダブらせながらも、
保育園の子どもや保護者の指導を楽しみながら
頑張ってくれると思います。

やがて
その子どもたちの中には自分の子どもも入っていくことを
もはやイメージしているでしょうから(笑)。

また笠岡の発言ですが、
確かに一見聞けば非情で心がない発言に聞こえますが、
それは指導員たち全員の本音を彼が代弁したにすぎないと思います。

実は少年部全員が退会した後、
結城が私に電話で語ってくれたことなのですが、


「道場といえば、
師範である先生がいらっしゃって、
次に私たち指導員と子どもたちがいて、そして保護者がサポーター
としているというのが普通だと思います。

が、
今までのここは、まず保護者がいて、
その保護者たちが主導権を握っていて、そして子どもがいて、
指導員である私たちも、先生までも保護者の人たちの下に都合よく
置かれているような、ずっとそんな感じがしていました。

こんなことを言うと、
保護者の方たちはそんなことはないとおっしゃると思いますが、
事実はそうでした。
これは嘘のない本音です。

また、
あの保育園の一室で
保護者の皆さんがなんといっていいのか、
まあ、子どもが稽古を終わるのを待っているわけですが、
私にとっては気持ちのいい空間ではないというか、
嫌な場でした。

やはり片山さんの人の良さや、
私たちが嫌だと感じたこともなかなか保護者の皆さんに伝える
ことができなかった結果が、そういう歪な体質を
作ってしまっていたのだと今はとても反省しています。
嫌われてもいいから、
もっとはっきり伝えるべきでした。」

そりゃあそうです。
そういう体質を作らせてしまったのは、
指導者たちの保護者に対しての責任のなさでもあるので、
そりゃあしょうがないよなぁ・・、弱いっていうのは
って思いながらも
彼の話を聞いてました。


つまり笠岡の言葉は、
こういった不器用な指導員たちの本音を代
弁したにすぎない、ということなのです。

彼は彼でとても子供たちのことを
深く思っていましたし、当然辞めてほしくない
という気持ちでいっぱいでした。

ただここでまた
保護者の人たちの言いなりになれば、
説得するような状態になれば、今までの歪な体質と何も変わらない、
何も進化することはできない。
そう直観的に感じたのだと思い
意を決して本音を言ったのだと思います。


ですから、
その話を聞いても私は、
「まあ、そりゃあそうじゃろう。よう言った!」
としか言いようがありません。

それにしても、
彼らの救いは「金子兄弟」や「松本」の
空手を続けていきたいという、親の影響を受けることなく
自己選択した本音の言葉でした。

片山も嬉しかったんじゃないかなぁ。
自分が育ててきた子が、こんなことを言ってくれるようになったと。
そして何より、指導員たち全員、ほっとしたんじゃないでしょうか。
「ああ、こいつら決して流されずに、
今この場で何かを感じ取ってくれている」と。


松本さん、これですよ、これ。
これがあったからこそ、小学は全員退会していったけど、
彼らの中で「これでよかった」という、なんとも言えない
満足感というか、決して悲壮感ではない希望ある未来が見えたのだと
思います。自分たちのやってきたことは決して間違いではなかったの
だという。

自分たちは、
やはり昔から培われてきた龍城スピリットを結
局は生きていたのだと。


松本さん、素晴らしいじゃないですか。
これだけ短い時間の間に、いろいろな気づきや目覚めがあって、
また、自分たちが行くべき道が明確にはっきりと示された。

これほど素晴らしいことはないと思います。
多くのいろんなタイプのキャストの皆さんがいてくれるお蔭で、
一番おいしいところを味あうことができたわけです。

ただ、
それはやはり一生懸命子どもたちのことを真剣に考え、
今までやってきたからこそだと感じます。


まあ、大会の結果は
個人能力も練習量の違いも大きいですから、
これはしょうがないのです。

通常、
勝つ道場は週3で日曜日強化練習や出稽古を入れれば、
月の20日以上はしっかり稽古しています。
昔の龍城はそうでした。

ただ、
その当時は私は公民館に勤めていて、
はっきり言って仕事が空手みたいなものだからまさに、
空手に専念し空手漬けだった。

あれで結果を出さないと
今考えるとおかしいです。
それだけ厳しい勝つための強化練習をやっていきま
したから。


今はそうじゃないでしょ。
休まずよく稽古できて、月に8日。2日休めば月
に6日。他何かあって休めば月に4日。勝てると思います?

20日ぐらいガンガンやってきた連中と
互角にやれると思います?そういった環境の中
でも少しでも頑張って一つでも勝たしてやりたい。
これが彼らの気持ちだったんです。


私が全空連の競技ルールではなく、
古伝剛柔流の方に意識が向きだしたのもそういうことなのです。
今年の6月末、中田と結城は全空連の初段を受審するつもりでしたが、
なんせ赤ちゃんが出産するので受けるのは
結局無理となりました。
嫁さんが広島を離れるのを不安がりますから。


男はみんな働いて
家族を養っていかなければならない義務があります。
さらに仕事で役職が上がれば上がるほど、責任のある仕事が山ほど
与えられていきます。

そうなると昔のように試合に向かって
練習する時間がなかなか取れなくなってくるのも事実です。
それでもやっていける人はすごい人だと私は尊敬します。

ただ、
競技空手に比べて、古伝や古武術の場合、試合より
自分の技や呼吸法を身に付けていくことに主体を置きますから、
仕事をしていても無理がないのです。
これも自然な流れでおこってきたことです。


それと、
先ほど言いましたように昔の龍城は確かに強かった。
その時の子どもたちにとってはとても強烈な思い出として当時のことは
熱い印象として残っていると思います。

ただ、
甲子園を目指していた頑張っていた子たちと同じように、
多分今昔の子に「空手やるか?」と聞いたら、「いやいや、それはもう・・」と、
逆にやりたがらないと思います。

頑張って優勝したよい思い出としては残っているが、
今となってはもうあんな練習をまたやるのははごめんだ、とい
うのが本音なのではないでしょうか。


と考えると、やはり息の長い空手をやっていくこと。


金子兄弟や松本も、
どちらかというと競技空手向きではない。
まさに、不器用でもコツコツと古伝の型を打ったり、
投げ技や関節技を身に付けることによって息の長い空手、
生涯を通してやっていける武道空手の方が、
タイプとしては合っている。

考えてみれば、うちの連中みんなそうです。


そこに来るまでの道が
今までの道であったわけで、今までの道を歩まず
してここにはこれなかったわけです。

だから松本さん、今までは無駄どころか、
必須だったのです。私は自信をもってそう言い切れます。
ですから、大丈夫。これからです。松本さん、


結局、何が良くて何が悪いのではない。
今自分たちに必要なことが与えられていく、まさに、必要、必然、ベストの
タイミングで。人生ってそんなものです。

無駄なモノなんて何一つありません。
すべては必然的に起こってくるのです。
与えられた目の前のことを一生懸命
やっいけば素晴らしいワクワクするような
未来が見えてきます。

私はそういう人生をずっと歩いてきましたので、
間違いありません。大丈夫です。


※今日は嫁さんの誕生日です。
共に頑張りましょう。先はまだ長いよ。

11:02, Friday, Apr 22, 2016 ¦ ¦ コメント(8)


2016年4月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
本日   167
昨日   185
累計   484186