「心に感謝という祓いのハケを持ちましょう」
賢い人は、自分の心の汚れに気付く瞬間ごとに、
少しずつ汚れを反省して取り除くことをします。
まるで鍛冶職人が、金属を叩くごとに生じる
金属粉をハケで祓うようにです。
(原始仏典 ダンマパダ18章-239番)
鍛冶職人が真っ赤に燃える鉄のカタマリを
ハンマーで叩くごとに、金属の表面の剥離した部分が飛び散ります。
金属を叩くことによって、
金属の「弱い部分」「余分な成分」
「全体に馴染めなかった金属」が飛び散るように見えます。
私たちの心も「他人から叩かれるほどに」、
自分の弱い部分、自分の汚れ、自分の余計なモノ、
が痛みを伴いながら飛び散っているのではないでしょうか。
他人から叩かれても叩かれても、
最後まで残っているのが自分の本性です。
もうそれ以上、自分からそぎ落とすものが無くなった時、
本当の自分が現れているはずなのです。
しかし、多くの人間は、叩かれるほどに心が歪(ゆが)んで
行きます。心が純粋に成らずに、逆に濁っていくものです。
「どうして自分だけが、こんな目に遭うのか?」
「なぜ、あの人は叩かれないのか?」
などと思ってしまうものです。
他人から叩かれた時は、自分が嫌だ・痛いと思うたびに、
* それでも生かされていることへの感謝。
* 先祖への感謝。
* 心の仏さま(良心)へ感謝すること。
などを想起することにより、祓って行くことが重要なのです。
多くの人間は、叩かれますと反省もせずに不満心ばかりが増長します。
それは心の汚れを祓う「ハケ」が必要なことを知らないからです。
これでは、本当の叩かれ損で終わっていきます。
賢い人は、真理に縁のある人は、自分の心に感謝というハケの祓いを
持ちましょう。他人から叩かれるほどに、純粋で素直な自分が現れ始
めることでしょう。
今日もより良く生きる智慧を与えて頂いて有難うございます。
皆さんの仕合せを心より念じております。
【柔訳 釈尊の言葉第一巻】著:谷川太一より一部抜粋転載
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日本人の道徳心
「信念に従う」
「善や悪はただの名目にすぎない。
正しいものはただひとつ、
わたしの性質に従っているものだけだ。
不正なものはただひとつ、
わたしの性質にさからっているものだけだ」(エマソン)
自分の内から聞こえる声以外は、
どんなものも神聖ではない。
世間で善とか悪とかいわれるものは、
時と場所を変えれば反対のものになってしまう。
正しいものは自分の本性に従うことであって、
それに反対するものは正しくない、
とエマソンはいっています。
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今日の諺 「半信半疑(はんしんはんぎ)」
【意味】
物事を、信じられそうだが、
信じられないような気もして、迷っている状態。
うそか本当かわからないとき。
「半信」は半分信じること、
「半疑」は半分疑うこと。
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