
「すっきりの方向性が心の迷いに道を示す」
人は、すべての葉が枯れ落ちた
黒檀(こくたん:鉄のように硬い褐色の木)のように
スッキリと居なければいけません。
世俗の中に居ましても、家庭生活の苦労を
表面に滲ませていてはダメなのです。
家庭生活からの束縛が有りましても、
ひょうひょうとして生きることが大切です。
どんな交わり、集団の中に自分が居ましても、
自分一人で歩く覚悟を持ちなさい。
まるで1本角(ツノ)が立つサイのように一人で歩みなさい。
(原始仏典 スッタニパータ 第1章3節-No.44)
人生には誰にでも苦労があります。
「生・老・病・死」は避けられません。
でも、苦労に負けなければ、人生は変わります。
顔や態度に苦労をにじませると、心はその苦労に縛られます。
大事なのは、苦労から逃げずに努力しつつも、束縛されないこと。
ひょうひょうと生きることで、苦労は力に変わっていきます。
真宗の教えでは、私たちは自力(自我力)で苦しみを克服
する必要はありません。苦しみや迷いは仏さまに心をゆだね、
安心して目の前のことを一生懸命生きる事ができます。
今日も、苦労に押し潰されず、逃げず、努力し、仏さまに心
をゆだねて、明るくスッキリに向かって生きていきましょう。
スッキリと生活するべきだという方向性だけを認識してい
れば、やはり本当に変わって行きます。これも無常の法則が働く
からです。自分が向かうべき方向を定めるということが、
とても大切なのです。
人生の羅針盤を「先に」知るだけでも、やはり無明の絶望
の中にいるだけとは雲泥の差が後から生じます。
今日も自分なりに「明るく」生きていきましょう。
これで十分なのです。
今日もより良く生きる智慧を与えて頂いて有難うございます。
皆さんの仕合せを心より念じております。
【柔訳 釈尊の教え 第一巻】著:谷川太一より一部抜粋転載
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