
学びを奪うものは、
怠けでも能力不足でもありません。
多くは、気づかぬうちに身についた「心の習慣」です。
人は真面目に、
一生懸命生きているからこそ、
その「心の習慣」に気づきにくいのです。
まず一つ。
話を聞きながら「つまりこういうことでしょ」と
すぐ結論を出してしまうこと。
学びは、結論の前にある揺れの中に宿ります。
二つ目。
「あの人よりはマシ」
と比べて安心すること。
比較の安心は、心の成長を止めてしまいます。
三つ目。
「自分は間違っていないし」
と正しさで守ること。
守りすぎた心は、固くなります。
四つ目。
忙しさを理由に振り返らないこと。
振り返らなければ、経験は学びになりません。
五つ目。
湧いた感情を見ないふりで流すこと。
学び続ける人は、感情を教材として受け取ります。
そして最後に、
「そんなことはもう分かっている」という思い。
この一言が、学びを完全に止めます。
釈尊は言われました。
「分かったと思った瞬間、人は最も迷っている」
だから、調律の合言葉はこれです。
「まだ、分かっていないかもしれない」
この余白が、心を開き、
学びを呼び戻してくれます。
それが、調律という生き方です。
合掌
※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。
今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。
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