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1/29(木)「死は自分と向き合う人生の卒業式」

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死は自分と向き合う卒業式

 

「死part2」

 

京都大学教教授 カールべッカ氏は

臨死体験の統計を医療倫理・死生学・宗教倫理の立場から

古代から現代に至るまで研究した結果、

国も民族も宗教も全く違うのに、

人々が語る内容は、何故か全く同じであると発表しています。

 

人は死ぬと、生まれてから死ぬまでの

自分の人生を一つ一つ、完璧に見せられるそうです。

 

しかも、ただ見るだけではありません。

自分が人にしたことを、今度は相手の心になって細部に渡って

味わうのです。

 

自分が投げつけた言葉で、誰がどれほど傷ついたのか。

無視した一言で、誰かがどれほど孤独に成ったのか。

それを、言い訳できない形で、胸の奥まで感じるのです。

 

反対に、ふと差し出した手。

何気なくかけた温かい言葉。

小さな思いやりや親切。

動植物への愛情ある態度。

 

それが、相手の命をどれだけ温かくしたのか。

どれだけ救ったのかも、同じように味わいます。

 

そこには神様も仏様もいません。

ただ、神々しく眩い光の良心が立っているだけです。

 

「よく、感じたか?」 「よく、愛そうとしたか?」

その問いから誰も逃げる事はできません。

 

だから、この世でどれだけ成功しても、

どれだけ称賛されても、最後に残るのは、

誰を泣かせたのか、誰を笑顔にして安心を与えたのか

そういう愛の気持ちを持てたのか、

それだけなのです。

 

この時の感情は、

発狂しそうになるほどの罪悪感の心の苦しみや痛み、

逆に言葉にならないくらいの感謝や胸熱くなる歓喜は、

この世の10倍にもなって体験するそうです。

 

今日、誰かを傷つけたなら、

それは未来の自分を傷つける種なのです。

今日、誰かにやさしくしたなら、

それは未来の自分を救う種だったのです。

 

死は終わりではありません。

それは、自分の人生と向き合う卒業式なのです。

 合掌

 

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。

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