
「そのままを感じなさい」
春になると、寒さがゆるみ、花が咲き、
風もどこかやわらかく感じられます。
そのやわらかな変化の中で、
私たちの心もまた、そっと揺れはじめます。
いつもより繊細になったり、感受性が豊かになり、
理由もなく寂しさや不安を感じたり、
ふと涙もろくなったりすることもあるでしょう。
けれども、それは決して「弱さ」ではありません。
それは、いのちに触れる力、感性が静かに開かれている姿です。
仏教では、すべては移り変わるという
無常の教えがあります。
春はまさに、その無常を目の前に映し出します。
咲いた花はやがて散り、暖かさもまた過ぎ去り、
出会いがあれば、別れも訪れる。
この移ろいに気づくとき、
私たちの心は自然と敏くなります。
それが、「春の感受性」です。
春のある日、
ふと心が揺れることがあります。
なんとなく寂しい。理由もなく不安になる。
小さなことで胸がいっぱいになる。涙がこぼれる。
そんなとき、私たちはつい
「こんな気持ちはよくない」と押し込めようとします。
けれど仏教は、そうは教えません。
ただ、こう語りかけます。
「そのままを感じなさい」
心が揺れるときこそ、
私たちは生きていることを、深く感じています。
その揺れを止めようとせず、良い悪いと決めつけず、
ただ静かに見つめてみる。
すると、感情は波のように、
やがて自然に静まっていきます。
春の風が、来ては去るように。
花びらが、舞っては地に還るように。
私たちの心もまた、
とどまることなく流れていくものです。
どうか、春のこの時期、
揺れる心を責めたり、止めないでください。
その感受性は、あなたがいま確かに生き、
世界とつながっている証なのです。
春の風に心が揺れるとき、
それは目覚めている心なのです。
とどめず、拒まず、ただ観じて、
いま、この一瞬一瞬を、どうぞ大切に。
合掌
※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。
今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう