悪い行いをしながら、心を乱しながら、
百年間も生きるよりも、善行をしながら、
心を感謝で満たして安心しているほうが、
たとえ短い生涯であっても得なのです。
(原始仏典 ダンマパダ8章-110番)
普通に考えますと、
悪行をして自分の好きなことをしながら
100年も長生き出来るほうが、本当は得ではないのか?
と思う人もいるかも知れません。ただ、これはコノ世だけ
で人生が本当に終わる、死後の世界は無い、来世もないと
いう前提なのです。社会の人の大半が、この前提かも知れ
ません。
つまり、
死後の世界や来世が有るか否か、これを信じるか否か、
たったこれだけで人の人生も考え方や生き方もまったく大
きく変わるのです。
死後の継続を信じられない人には、
バレなければ問題ない、騙される方が悪い、良い思いをし
た方が勝ち・・という勝者の理論が優先した生き方をする
人がいます。
以前、
そのような生き方をごり押ししていた取組み業者の方に、
あまりにも道徳観がないので、真剣に「あなたはこのまま
じゃあ、本当に地獄に堕ちますよ!!」とお伝えしたことが
有ります。が、「地獄・・??そうなりゃあ鬼と相撲でも取
ってやりますよ!( ̄∇ ̄;)ハッハッハ(笑)」でした。
そうかぁ~・・・、そうはいかないんだどなぁ・・。
その一方で、死後を直感で信じられる人は、やはり他人を
トコトン悲しませるのはやめよぅ、悪いことはバレなくて
もしないでおこう、という生き方に成るものなのです。
たまにはウソをついたり、多少悪いことをしてしまうこと
もあるでしょうが、いくら腹が立っても、他人を傷つけたり、
殺したりまでの行為は理性的に絶対にできないものです。
つまり、死後の世界を信じるか否かだけで、その人の人生
は本当に物凄く大きく変わってしまうのです。
信仰や信心の本質とは、難しいものではなく、死後の世界を
信じれるのか否かだけのことだと私は思っています。
でもこんな話をしていると、
「じゃあ、死後の世界があることを証明してくれたら信じ
てやる」という人が必ず出て来ます。
この質問に対する返答は、「じゃあ、逆に、何故人がこの世に
生まれてくるのかを教えて欲しい?」なのです。
ある有名な科学者に対して一般人が「宇宙人は存在するのか?」
と聞きますと、科学者の返答は、「あなたも、すでに宇宙人で
すよ」「あなたが宇宙に生まれているという事実は、同じこと
が他の宇宙人にも平等に起こり得るというのが冷静な判断です」
でした。死後の世界も、これとまったく本質は同じなのです。
エントロピー(全エネルギーは常に一定であり絶対不変な法則)
から見ましても、これと平等に死後の世界も存在する、つまり
陽(この世)があれば、陰(あの世)も存在する方が科学的な合理
性があるのです。
陽(この世)だけが実存ならば、バランスが極端に崩れます。
全エネルギーが絶対的にバランスが安定するには、どう考えて
も「陽と同等な陰の実存」が必要なのです。
死後も心(いのち)の人生が継続するならば、やはりこの項で
釈尊が言われますように、自分が常識的な善人だと自分では
思っていても、無自覚な自己中心的な思考に執着して長生き
するよりも、短くても良いから人を思いやれる人生の方が、
死後の帳尻を考えれば本当に得であり仕合せであるのが真実
だと感じます。
人間は素直に成ればなるほど「胸が熱くなる」「胸が一杯に
成る」「胸が躍る」「胸が裂ける」「胸が寒がる」「胸に
刻む」「胸に迫る」「胸を痛める」「胸を躍らせる」
「胸を打つ」「胸を焦がす」「胸がすく」「胸が高鳴る」
「胸が潰れる」「胸が詰まる」と、敏感に良心が喜び、感動し、
良心が傷み、良心が傷つきます。これはあくまで主観ですが、
胸の奥底に宿る、仏さまが私と共に喜び、感動し、痛み、悲
しんでおられるのだと私は感じています。
今も私たちは生きています。
しかし、はっきり言えるのは、私は一人で生きているのではない。
仏さまという大きな働き(エネルギー)に生かされてるからこそ生きる
ことが出来ている。決してひとりぼっちではないのです。いつも
仏さまは私の仕合せを願って共に生きて下さっているのです。
私たちは、この世を去るまで仏さまと共に喜びある感謝の人生を生きる
チャンスが存在しています。これは宗教が違えば神性が宿る、神様と
言ってもいいのかもしれません。
私は自分の人生を良心(仏さん・生きる源)と共に胸の高まるような
人生を、今日も一生懸命生きていきたいと思っております。
今日もより良く生きる智慧を与えて頂いて有難うございます。
皆さんの仕合せを心より念じております。
【柔訳 釈尊の言葉第一巻】著:谷川太一より抜粋転載
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日本人の道徳心
「損して得取る」
金を儲けるには「損して得取る」ということが重要である。
そうしないと利口らしく見えてもあまり得にならないことが多い。
何をするにしても、自分のためだけを考えていたら
絶対に儲かるものではない。
世のため人のためを考えて、真面目にいいものを
世の中に提供することが大切なのである。
そうしようとすると、やることに真心がこもり魂が入る。
これが富へと至る道である。
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今日の諺 「大願成就(たいがんじょうじゅ)」
【意味】
大きな願いがかなうこと。
「成就」は物事が成功したり、
願いがかなったりすること。
もとは仏教の言葉で、「大願」とは仏様が民衆を苦しみから
救おうとする願いのこと。
願いごとが現実になったときに使う。
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