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1/11(日)「感情は道しるべ」

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感情は道しるべ

 

私たちは小さい頃から、

こう教えられてきました。

 

怒ってはいけない。

泣いてはいけない。

調子に乗ってはいけない。

我慢しなさい。

 

いつの間にか、

感情は「問題児」扱いされるようになります。

けれど、仏の教えは感情を消せとは言いません。

その感情を通して「気づけ」「目覚めなさい」と言います。

 

●喜 (うれしさに問う)

 

うれしい。

楽しい。

満たされた。

幸せ。

 

この感情は、とても美しい。

しかし、ここで一つ問いがあります。

 

その喜びは、

誰かを置き去りにしていないか。

誰かの犠牲の上に立っていないか。

あなただけの喜びによって見失って

いるものがあるんじゃないのか?

 

良心は、

喜びに水を差すためにあるのではありません。

 

喜びを、濁らせないためにあります。

喜びに気づき、

そこに深い感謝とお陰さまに深く気づかされたとき、

その喜びは長く、深くその人の心の奥底に残ります。

 

●怒 (怒りに耳を澄ます)

 

怒りは、突然やってきます。

理不尽、無理解、軽視、侮辱、偏見、差別、軽蔑、意地悪。

 

多くの人は、

怒りを抑えるか、ぶつけるか、

その二択しか知りません。

でも、第三の道があります。

 

怒りを観る。

 

怒りは叫んでいます。

「大切にしてほしかった」

「これだけは守りたかった」

「そこは越えてほしくなかった」

良心は、あなたの怒りを決して否定しません。

ただ、こう問いかけます。

 

「その怒りで、守りたいものは何だったのか」

 

この問いに立てたとき、怒りは破壊や破滅ではなく、

自他の境界線を教える智慧になります。

 

●哀 (悲しみと共に座る)

 

悲しみは、

失ったものの大きさを教えてくれます。

人、家族、時間、夢、信頼、希望、期待、愛情、理想、

本気で生きたから、本気で関わったから、悲しい。

悲しみを避けると、心は浅くなります。

良心は、

 

「早く立ち直れ」とは言いません。

「その悲しみは、何を愛していた?」

 

大きな悲しみを抱えられる人は、他人の痛みや悲しみにも

自然と手を伸ばせるようになります。

 

●楽 (楽しさを問い直す)

 

楽しい。

気持ちいい。

ラクだ。

ワクワク、フォー。

 

楽は、命を休ませます。

しかし、楽に溺れると、良心は眠ります。

 

良心は、楽しさを奪いません。

しかし、こう尋ねます。

 

「この楽しさは、

明日の自分を苦しめないか?」

 

この問いがある限り、楽しさは逃避ではなく、

回復の時間になります。

 

●感情と良心の関係

 

感情は、心の天気です。

晴れも、雨も、嵐もある。

良心は、天気を変える存在ではありません。

 傘を差すか、待つか、進むかを選ばせる存在です。

 

感情に従うだけでは、流されて方向を見失う。

感情を押さえつけると、苦くなって鈍くなっていく。

その間に立つのが、良心です。

 

●感情があるから、目覚められる

 

喜怒哀楽があるから、人は迷います。

しかし同時に、喜怒哀楽があるから、

人は気づけます。目覚めていきます。

 

良心とは、

正しさの裁判官の声ではありません。

 

感情のただ中で、

「それでもどう生きる?」と問い続ける静かな灯りです。

 

今日、

怒ったなら、それでいい。

泣いたなら、それでいい。

笑ったなら、それでいい。

 

ただ一つ、

その感情を

無かったことにしないでください。

 

そこに、

あなたの気づきと目覚めの入口があります。

合掌。

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。

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