成人の日にあたって
自分らしさと良心 歩き始めるあなたへ
人はいつからか
誰かに分かってもらうために
言葉を選び、感情を説明し、
自分の心の痛みを懸命に証明しようとします。
けれど本当は、
分かってもらえなくていいのです。
あなたの苦しみを
完全に理解できる他人など、
最初からいないからです。
それを一番よく知っているのは、
あなた自身の胸の奥にいる尊い存在です。
そこには、言い訳も取り繕いも
通じない「すべてを知る自分」がいます。
逃げた日も、踏みとどまった日も、
弱さも、小さな勇気も、
すべてを黙って見てきました。
だからこそ、
他人に理解を求めなくていい。
その代わりに、
自分の良心にだけは
素直に説明できる生き方をする。
自分の良心にだけは
「これが今の精一杯だった」と
胸を張れるように日々を重ねていく。
結果は
うまくいかなくてもいいのです。
良心はそんなことなど全く望んではいません。
失敗しても、報われなくても、
評価されなくても、構いません。
大切なのは、あなたが懸命に努力する姿を
「本当の自分」に見せているかどうか。
逃げずに考えたのか。
誠実であろうとしたのか。
楽な道より、納得できる道を選んだのか。
それを良心はすべて知っています。
自分が本当に頑張ったとき、
自分自身が分かったとき、
悩みは嘘のように自然に力を失っていきます。
なぜなら、
人生で最も心強い味方が
すでに自分の中にいるからです。
胸の奥が
静かにうなずく生き方を続ける人は、
いつの間にか余計な願いを
しなくなります。
認められたい、報われたい、分かってほしい、
そうした色気のような思いが薄れていくのです。
そして不思議なことに、
その頃から運気も、人生も、少しずつ整い始めます。
良心に愛されるとは、
特別になることではありません。
自分に嘘をつかず、今日一日を誠実に納得して生きること。
それだけで、人はすでに
幸いな道を歩いているのです。
合掌
※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。
今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。
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