
「病気に三つの功徳あり」
亀井勝一郎氏は、病気を機縁として、
つかむか、つかまないかだと、
語っておられますが、とても共感します。
病気には、
三つの功徳があると。
一つ、生命の自覚。
当たり前に思っていた、
このいのちが、 かけがえのないものであったと、
知らされます。気づかされます。
二つ、自然と人生への、細やかな愛情。
光のあたたかさ、風のやさしさ、
人の情けが、深く胸にしみてきます。
三つ、祈ろうとする心。
人の力の及ばぬところで、はじめて、
手を合わせる感謝の心が起こるのです。
まさに、病は苦しみでありながら、
目を開かせる縁となります。
たとえば、前立腺がんを告げられ、
全摘出手術を受ける。
体の一部を、失う現実。
チューブだらけで思い通りにならぬ身を、
思い知らされるわけです。
けれども、その出来事を通して、
自身のいのちを見つめ、
人のぬくもりに触れるわけで、
そうすると他を思いやる心や生かされてる感謝が生まれる。
ここに、苦がそのまま、
恵みへと転ずるリサイクルの道があります。
仏教は、
苦しみを避ける道ではなく、
苦しみを通して、目覚めていく感謝の道です。
病をいただいたとき、
何をつかむのか。
その一念に、私たちの生き方が、
問われているのでしょう。
合掌
※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。
今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。