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1/17(土)「不確かな時代だからこそ やさしくあれ」

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不確かな時代だからこそ、やさしくあれ

 

誰が、いつ、どうなるかは分かりません。

それは人の生死だけでなく、

社会も、暮らしも、明日そのものも同じです。

 

南海トラフ地震のような大きな災害も、

「いつか来る」と言われながら、

「いつ来るか」は、誰にも分かりません。

 

この不確かさは、不安を生みます。

しかし同時にすべての出会い、すべての一日が、

本当の意味での一期一会になる時代でもあります。

 

だからこそ

 

・急がず

・裁かず

・決めつけず

 

少しおおらかに、少し距離を置き、

少しやさしい目で人を見る。

 

明日も必ず同じように会える、

同じ言葉を交わせる、

そう思える時代ではなくなったからこそ、

 

今日の挨拶、今日の会話、今日の沈黙さえ、

静かに尊いものになります。

 

備えることと、怯え続けることは違います

災害に備えることは大切です。

命を守る準備、暮らしを守る工夫は、

現実を大切に生きる知恵です。

 

けれど、

まだ起きていない未来に心を縛られ、

今日を不安だけで過ごしてしまうなら、

それは「備え」ではなく、「執着」になってしまいます。

 

仏教が教えているのは、

先を否定することでも、恐れないことでもなく、

今を確かに生きる姿勢です。

 

心の調律が整っていくと、

表情も、声も、佇まいも、自然に変わっていきます。

 

不安に満ちた心は、

知らず知らずのうちに人を硬くします。

 

でも、

「今できることをして、あとは手放す」

そんな姿勢で生きている人は、

言葉が少なくても、周りを安心させます。

 

人は、

何を大切にしているかが、

そのまま外に現れる存在だからです。

 

最後に

安心とは、

何かを「得た」状態ではなく、

握りしめる必要がなくなった状態なのかもしれません。

 

未来を完全に支配しようとせず、

過去にしがみつかず、

今この瞬間に、静かに立っていること。

 

流れてくるものは、受け取り、

去っていくものは、感謝して見送る。

その繰り返しの中で、

今日という一日は、十分すぎるほど尊い。

 

南海トラフが来るかもしれない。

来ないかもしれない。

それでも、

 

今日、人にやさしくすることはできる。

今日、感謝を伝えることはできる。

今日、穏やかに生きることはできる。

 

そんなふうに、

肩の力を抜いて、

今を歩いていけたら

それ自体が、すでに仏道なのだと思います。

合掌

 

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。

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人間としての基本」について

 

人間としての基本とは、仏教の言葉で申しますと、「身・口・意」を

整えることに他ならないと思います。

 

難しい教えを学ぶ前に、まずは身を正し、心を静める。その第一歩が、

日々の暮らしの中にある基本的な営みです。

 

早朝にバケツと雑巾で掃除をすること。

仏壇を清め、花と仏飯をお供えすること。

神棚の榊の水を替え、塩と水を新しくすること。

 

これらは形だけの作法ではなく、今ここに心を置き、自分自身を調える

行です。床を拭くことは、同時に心の塵を拭うことでもあります。

 

この早朝の掃除は、掃除そのものが目的ではありません。

その日一日、与えられた役割や仕事に真摯に向き合い、最後までやり切る

ための準備です。

 

自分を調えることは自利であり、その整った心で人と関わり、仕事に臨む

ことは利他となります。

 

年齢を重ねた今だからこそ、こうした人間としての基本の尊さが、理屈で

はなく実感として分かってきました。

 

日々の小さな行を大切に重ねることが、迷いの多い世の中を、まっすぐに

生きる道になるのだと思います。合掌

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