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3/11(水)「こだまでしょうか、いいえ、誰でも」

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「こだまでしょうか、いいえ、誰でも」

今日は三月十一日。
十五年前、東日本大震災を体験した日です。

昼休み、千葉県君津市の会社近くの治療院で
マッサージを受けていた私は、
「ドドーン」という音と
突き上げるような激しい揺れに、
ベッドの上で跳ね上がりました。

テレビをつけると、
真っ黒な津波が船や町や車を
次々と呑み込んでいく、
この世のものとは思えない光景。
ただ呆然と見つめながら、
世の無常を強く感じたものです。

震災のあと、会社では皆で
募金活動や物資の支援に取り組みました。

しばらくして、津波で亡くなられた
お母様の遺品を持参された方がおられました。
母を偲び、家に飾りたいという願いから、
衣類や、その日に履いておられた長靴を
持って来られたのです。

ケツメイシの「桜」ゆ「仲間」を聞きながら、
亡くなった時に着用されていた
コートやシャツ、スカートなどを
洗いました。

洋服の繊維の中には
細かな海砂が
びっしり入り込んでいました。

洗い場のまっちゃんが、
その砂を少しでも落とそうと
夜を徹して、何度も何度も洗い続けていました。

「お母さん、
きれいにしてあげたいですから…」

そう小さくつぶやきながら、
七十回以上も洗い続けていた
その背中を、
私は今も忘れることができません。

あれから十五年。
あの頃を思い返すと、
詩人 金子みすゞ の
「こだまでしょうか」という詩の

「ごめんね」と言えば
「ごめんね」と返ってくる。

「こだまでしょうか。」
「いいえ、誰でも。」

テレビで何度聞いたかわからない、                                                                あの言葉を、思い出します。

あの日、
深い悲しみの中にいた私たちに、
人のやさしさがこだまのように
静かに返ってきました。

自衛隊の人たち。
ボランティアの人たち。
そして、名も知らない多くの人たち。

差し伸べられた手、かけられた言葉、
分け合った温もり。

あの日の悲しみは、
私たちに人のやさしさの尊さを
教えてくれました。

だから今日は社員全員で、
亡き犠牲者の方々に静かに手を合わせます。

あの日を忘れないために。
あのやさしさを忘れないために。

やさしさが、こだまのように
これからもこの国に広がっていくことを願って。                                                                                                                                                                       合掌

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう

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