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11/1(土)「災いも心から 救いもまた心から」

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「災いも心から 救いもまた心から」

他人と二人でいる時は、

何でも過剰に詳細を語り過ぎるものである。

後からこれが、未来において

恐怖するべき災いをもたらす可能性を熟慮して置きなさい。

だから、どんな交わり、集団の中に自分が居ましても、

自分一人で歩く覚悟を持ちなさい。

まるで1本角(ツノ)が立つサイのように一人で歩みなさい。

 

(原始仏典 スッタニパータ 第1章3節-No.49)

 

普通の解釈では、自分が話したプライバシーが、

後から災いを呼ぶという「話の内容」の指摘だと

思われることでしょう。

でも私の感応では、その話の内容はまったく問題では無くて、

 

* 自分で後から心配して、自分自身を後悔して心配すること。

* 生活のすべてにおいて、これもあれも

アノ話からの嫌がらせだと自分で被害妄想に陥ること。

* つまり、話の内容は問題では無いのに、自分の猜疑心がすべて

を自ら破壊することに成る災い。

* 中には、自分が話してしまったという

心配心から仕事も辞めてしまい、無職になってますます病む人も。

 

つまり、自分の心配心から「自分で自分自身を破壊する災い」を

釈尊が指摘されていると私は解釈します。

 

2500年を経過しましても、人間が心配心に落ちる盲点は、

まったく変わらないようです。

* 自分で自分自身を心配心から破壊しない為に、

他人には余計なことを話すな!

* いつでも、自分一人で淡々と

歩いて行く覚悟をしていなさい。これが逆に、他人と良い交友が

出来る秘訣なのです。

 

このように釈尊が仰っていると感じてなりません。今日からは他人

と話すプライバシーは、ほどほどに上手く交わして、

後から自分に心配心が起こらないように生活をしましょう。

これが、自分自身に明るい、ムダな心配の無い生活をプレゼントし

てくれます。

他人とは気持ち良い120センチの距離感が必要なのです。

 

 

今日もより良く生きる智慧を与えて頂いて有難うございます。

皆さんの仕合せを心より念じております。

 

 

【柔訳 釈尊の教え 第一巻】著:谷川太一より一部抜粋転載

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