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2/7(土)「自我が減ると自由になれる」

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多くの人は
「自分が」「自分は」という
自我の視点で世界を見ています。

でもそれは
自分の見える範囲しか
見ていないということなのです。

自我が減るほど
人は素直に物事を見られ、
真理の話も
「頭」ではなく「心」で
わかるようになります。

勉強だけでは
自我は減りません。
喜怒哀楽を通して
心が柔らかくなった時、
自我は少しずつ薄れていきます。

自我が強い人ほど
・ストレスを感じやすく
・怒りに支配され
・人生が苦しくなりがち

自我が減るということは、
何かを失うことではありません。

むしろ、
苦しみを生む「思い込み」から
自由になっていくことなのです。

自我が減るほど、
世界は敵ではなくなり、
人は、敵ではなくなり、
自分自身も、責める存在ではなくなっていきます。

それが、
本当に楽な生き方なのかもしれません。

合掌

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。

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ブログ用

「自我が減ると自由になれる」

多くの人は、自我
つまり「自分が」「自分は」という視点を通して、
物事を見て、理解しようとします。

しかし、その時点で、
すでに自分の理解できる範囲の視点しか
持っていないのです。

もし、自分の視野の外に真理があったなら、
それを理解できないのは、当然のことです。

では、
もし自我を通した視点が、
少しずつ減っていったら、どうなるでしょうか。

自我が減るほど、
人は、素直な心で物事を見られるようになります。

自我が減るほど、
真理の言葉に出会ったとき、
「わからない」ではなく
「感じる」ようになっていきます。

では、
自我を減らすには、どうすればよいのでしょうか。

実は、
勉強をしても、自我は減りません。

知識が増えても、
「自分が正しい」という思いが
強くなることすらあります。

自我が減るのは、
人生の中で、
喜び、怒り、悲しみ、楽しみを味わいながら、
その人の本性が、
素直な方向へと向かったときです。

同じ喜怒哀楽を経験しても、
そこから学び、
心が柔らかくなる人もいれば、

逆に、
自分を守るために、
さらに自我を固めてしまう人もいます。

ここで、
人生の道は分かれていきます。

「真理がわからなくても、生きていける」
そう思う人もいるでしょう。

確かに、生きることはできます。

しかし、自我が強い人ほど――

・小さなことで、強いストレスを感じ
・怒りに支配されやすく
・人生が楽しくなく、苦しくなりやすい

そのような生き方になりがちです。

自我が減るということは、
何かを失うことではありません。

むしろ、
苦しみを生む「思い込み」から
自由になっていくことなのです。

自我が減るほど、
世界は敵ではなくなり、
人は、敵ではなくなり、
自分自身も、責める存在ではなくなっていきます。

それが、
本当に楽な生き方なのかもしれません。

※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。

今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。

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