
〜死を知る人ほど人や今を大切に出来る〜
最初に、結論から言います。
死は、終わりではありません。
「役割を脱ぐこと」です。
人はよく言います。
「この体が、私だ」
でも考えてみてください。
・体は年を取る
・細胞は入れ替わる
・記憶も変わる
それでも、
「私だと感じている何か」はずっと同じです。
それが、あなたの良心です。
人生は、学校に似ています。
・親という役
・子という役
・夫、妻、家族、友という役
・良縁や悪縁のある人たちの役
体は、この世界で使う制服。
死とは、
*制服を返して
*教室を出ること
それだけです。
死が怖い理由は、
本質的には死そのものではありません。
*やり残した後悔
* 愛せなかった記憶
*本音を隠したままの人生
*手離せない諸々の執着
良心は、
ここを静かに見ています。
良心は、裁判官ではありません。
死後に聞かれるのは、
これだけ。
「よく、感じたか?」
「よく、愛そうとしたか?」
出来たかどうかより、
どれだけ向き合ったかどうか。
死を知ると、
逆に分かります。
* 今、怒るほどのことなのか
*今、憎み続ける価値があるのか
*今、愛を惜しむ理由があるのか
*今、そこまで執着する必要があるのか
死は、
ある意味人生を軽くする知恵です。
最後に
良心は、こう囁いています。
「死ぬまでに、完璧にならなくていい」
「でも、愛からは決して逃げたらいけない」
ピシッ…
この音は、終わりの音じゃない。
目を覚ませよ! という合図です。
死を知る人ほど、
人や今を大切にできます。
合掌
※人を育てているのは、環境ではありません。
自分自身の良心(仏性)に、どう向き合っているか、その態度です。
今日一日、自分の良心(仏性)に恥じないか。
その問いを胸に、静かに生きてまいりましょう。
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