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「人も物も惜しむ人は、すべてを大切にする」2/23(金)

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真の修行者ならば、

「肉体に執着してもムダである」

という覚者(ブッダ)の話を聞けば、

これが叡智のある真実の内容であることがわかり、

その修行者は肉体への執着を捨てることでしょう。

真実を素直に見ることができる人には、

これができます。

[原始仏典『スッタニパータ』

第一章第十一節-二百二番]

 

本当にそれが真理の話ならば、

*学問を知らない人でも、心から腑に落ちる。

*真実の内容だと、なぜかわかる。

 

こういうことがあると、この項で指摘されています。

机上の学問ではなくて、

「自分の人生経験から」

真理も自然と理解するということです。

 

*本当に正しいことは、

学ばなくても、わかる人はいる。

*本当に正しいことを、

学んでもわからない場合もある。

*自分の心境によって、

理解する内容と段階が

変わって行くのが人生である。

 

このようなことが示唆されていると感じます。

そして、人がどのような心境に至った時から、

一言聞いただけで、それが真理か否かがわかるのか?

 

釈尊いわく、

「真実を素直に見ることができる人には、これが可能だ」

このように指摘されています。

では、「素直に見る」とは何でしょうか?

 

多くの人は、自我(自分本位で、自分が中心の視点)

を通した目で、すべての物事を見て、

理解をしようとします。

そもそもが、この時点ですでに、

自分が理解できる範囲内の

視点しか持っていないのです。

自分の視野以外に真理があれば、

理解ができないのは当然です。

 

そこで、自分の自我を通した視点が

減っていけば、どうなるのでしょうか?

*自我が減るほど、素直な自分の心で、

物事が見え始めます。

*自我が減るほどに、

真理の話に出会えば、理解をし始めます。

 

でも、自我を減らすには、

どうすれば良いのでしょうか?

勉強をしても、自我は減らないのです。

人生で喜怒哀楽をしながら、

その個人の本性が素直な方向に向けば、

自我が減っていきます。

その逆に、喜怒哀楽を通して

余計に自我を固める人もいます。

ここで、個人の人生が分かれていきます。

 

別に真理が理解できなくても

生きていけると思う人も、

おられることでしょう。

確かにその通りです。

ただ、自我が強い人ほど、

●少しのことでも、ストレスに感じる。

●怒りに支配されやすい。

●人生が楽しくない、苦痛。

という人生になりがちです。

これは病気にもなりやすい心境です。

そこで、

*素直な心になれば、健康にも良くて、

*素直な心は、自然と真理も理解ができる。

ということが、この項から言えそうです。

 

皆様の参考になれば、幸いです。

 

「柔訳 釈尊の教え 第三巻」

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