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「柔軟であることが生であり、硬直は死である」3/9(土)

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高い悟りを得た仏が、

もっとも尊ぶことは、

継続して、安心した心の中に安住することです。

これが様々な御宝を呼びます。

これ以上に大切なことは、

コノ世には無いのです。

これこそが、真理の中でも御宝です。

この、私(釈尊)の真実の言葉によって、

心だけは幸せになって欲しい。

[原始仏典『スッタニパータ』

     第二章第一節-二百二十六番]

 

現実にはどんな生活をしていても、

継続して、安心した心の中に安住すること。

これが、もっとも大切なことであり、

真の幸福を呼ぶカギであり、

即効性があると釈尊は指摘しています。

 

安心した心の中に安住することを、

仏教用語では「三昧」

(さんまい。俗語ではザンマイ。

サンスクリット語ではサマーディ)と言います。

心が「三昧に住む」には、

どうすれば良いのでしょうか?

 

厳しい家庭環境や、辛い労働生活の中でも、

自分の心だけは安心の中にいることが可能でしょうか?

釈尊は、どんな中にいても、

心だけは三昧に住むことが可能だとします。

これは、心の逃避でもないのです。

本当に心だけは、安心の中に置くことが誰にも可能です。

 

多くの人が、実は三昧の瞬間を

体験したことがあるはずです。

過酷であればあるほど、

ふと、なぜか笑みがこぼれる時があったはずです。

辛い中でも、瞬間的にはなぜか

笑えることがあるものです。

三昧には、口元の笑みが付き物です。

 

でも、瞬間では三昧はあっても、

釈尊が指摘するのは

「継続して」三昧の中に心が住むことです。

これが難しいことです。

「こんな生活の中で、心だけは安心する

(三昧に住む)ことなど無理だ」

と思う人は多いです。

 

問題は、最初から、

「自分の心を安心させる方向性」を

考えもしていないことです。

最初から、自分の心だけは

安心させる視点を放棄して、

辛い・苦しい・心配・無理だ、

という視点でいることを

自分で選択しているのです。

ここが問題です。

 

自分自身が、心を安心させることを望まないと、

それは起こるはずがないのです。

だから、この項の参考にして欲しいことは、

*どんな中に住んでいても、

自分の心だけは安心させる努力をしてみること。

*自分の心を痛めるよりも、

「大丈夫だ」と自分の心を守っていくこと。

*肉体が傷ついても、

心までは傷つけない方向性を心がけること。

このような視点を、

生活の中で意識して欲しいものです。

 

誰もが、生まれた時点で、

死に向かって歩き始めているのが人生です。

だから、心だけは、安心させることを

普段から心がけていることは、

真に自分を助けることが「後で」わかります。

 

明るく、自分の心だけは守って生きましょう。

 

「柔訳 釈尊の教え 第三巻」

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