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「自由の厳しさを知ることです」3/17(日)

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地上に生きる人々、

天空に住まう精霊たち、

神々であれ、人であれ、

同じ場所に存在するという

縁の奇跡を尊重して、

神々も精霊も人も、平等に礼拝します。

この真理の言葉で、幸せになれます。

[原始仏典『スッタニパータ』

第二章第一節-二百三十六番]

 

この項は、翻訳者により

大きく内容が変わる項だと思います。

中には釈尊個人への礼拝を尊重する意味に

訳す訳者もおられることでしょう。

私が文章の全体から感じたことは、

「地球への礼拝」が本意だということです。

この地上世界には、人も、動物も、

そして精霊や神々という存在もいることが、

この項では認められています。

仏教の古代原典が、

神々と精霊の存在を認めています。

 

そういう様々な存在が共存するという

奇跡の場所(地球)の中で、

叡智を得ることの難しさと、

「その中であっても叡智を得た」

ブッダという存在が礼拝に値することが

書かれた項だと私は解釈します。

 

コノ世だけが、地獄から来た人も、

天国から生まれた人も、

同じ場所で暮らすという特殊な世界なのです。

死後の世界では、これが完全に分かれて暮らすことになり、

会うことも不可能になります。

 

アノ世は、似た者同士だけで集まる世界です。

悪人だけがいる世界で暮らします。

これは他の世界から見れば、

まさに地獄に見えます。

善人は、善人だけが存在する世界で暮らします。

他の世界から見れば、助け合いと、愛情、

思いやりがあふれた世界に見えます。

まるで天国です。

 

つまり、コノ世で悪人が

栄華を得て楽に暮らせるのは、

多くの善人がいる中で暮らすからこそ、

可能な生活なのです。

悪事で得ができるのです。

ここが重要です。

もし、悪人しかいない町で暮らせば、

殺戮と恐怖、不便さの中で暮らすことになるでしょう。

 

すべては、農作物を作る善人がいて、

街の掃除を真面目にする善人がいて、

陰で我慢してインフラや治安の維持に

協力してくれる様々な善人がいてくれるからこそ、

悪人が栄華を楽しめる町が存在しています。

もし悪人だけが住む町ならば、

日々の食料も無くなることでしょう。

 

コノ世だけが、善人たちに交じって

悪人が隠れて暮らすことが可能な世界なのです。

死後は、完全に混在がなくなります。

 

引力のように、逆らえない重力のように、

今生での生き方の内容から

善人と悪人が、

完全に公平に平等に分離が起こります。

アノ世では、自分と似た者同士だけで暮らすうちに、

自分という者の正体を思い知り、

深い反省が起こっていきます。

 

善悪が混在するコノ世の世界の中でも、

釈尊は叡智を得られたのです。

これが礼拝に値するという意味です。

そして、このような人の善悪が混在し、

精霊も神々も混在する特殊な場所であるのが、

地球なのです。

生きている今だけ体験ができる地球なのです。

 

はたして今の自分は、

自分とよく似た人同士だけで暮らせる自分なのか?

それでも良いと思える、今の自分なのか?

それとも嫌なのか?

ならば、それはなぜか?

 

たまには、これを思い出していただければと思います。

皆様の参考になる点があれば幸いです。

 

「柔訳 釈尊の教え 第三巻」

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